世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1028

学歴「武装」競争:分かっているけど止められない?

藤村学

(青山学院大学経済学部 教授)

2018.03.12

 1年前の拙稿「学歴論争再訪」では,“The world is going to university: more and more money is being spent on higher education, but too little is known about whether it is worth it.”と題する英エコノミスト誌記事に言及し,高等教育につぎ込まれる資源の量はそれに見合う社会的価値をもたらしているのだろうかという問題提起を紹介した。同誌2018年2月3日付の“Time to end the academic arms race”という記事は,この問題提起をさらに進め,学歴「武装」競争の過熱が学歴投資の社会的および私的収益を低下させているばかりか,この競争の勝ち組と負け組の間に構造的な不公正を生んでいると示唆する。

 一般に,教育年数が累積するにつれ,教育投資の「私的」限界収益は単調増加するのに対し,「社会的」限界収益は逓減するという見方が実証的に支持されてきた。つまり,人的資本への公共投資は年齢が早い段階ほど社会的収益率が高いという見方が比較的広く受け入れられてきたと思われる。しかし,先進諸国ばかりか新興国のブランド学歴獲得競争の過熱が進むにつれ,学歴投資の社会的収益率はおろか,私的収益率も下がっている,と上述記事は指摘する。

 高等教育学位がありふれたものとなったため,労働市場で差別化を図るためには,よりブランド力のある大学,もしくは修士号,さらに博士号という具合に学歴武装をエスカレートさせなければならず,その競争に参加する若者が増えれば増えるほど,余計に差別化シグナル競争が激化せざるを得ない。「学歴ローンダリング」というのは和製英語だと思うが,学歴シグナリング効果を象徴するセンスある造語だと思う。

 ブランド学歴のシグナリング効果へ投資する熱が高いほど,雇用者側もそのシグナルを利用して安上がりに人材をスクリーニングしようとするフィードバックが強まり,「悪い均衡」がより強化される。学歴競争の最前線であるアメリカでは高等教育の価格がうなぎ上りに上昇してきたにもかかわらず,自国の若者は多額の借金を負ってでも大学へ進学し,新興アジア諸国からは富裕家庭の子息が押し寄せる。アメリカで生き残りをかける中位程度以下の大学キャンパスでは,中国の富裕層子息が高級車を乗り回し,独特の租界を形成しつつあるというような報道も見かける。一方,購買力の落ちた日本の中間所得層以下の家計にとって,アメリカ留学は手が届かなくなりつつある。

 首尾よくブランド学歴を手に入れられる「勝ち組」にとっては,投資コストを回収するためには,より短期リターンの高い,ウォール街のような初任給の高い職を求めるインセンティブが高まる。「ジアタマ力」の高い若者はますますそうしたゼロサム的業界に吸い寄せられ,アメリカの分断社会を悪化させてきたのかもしれない。ソロモン・ブラザーズに数年勤めて辞めてノンフィクション作家に転向し,『ライアーズ・ポーカー』でウォール街の裏側を生き生きと描いてデビューし,その20年後,映画化された『世紀の空売り』(原題:Big Short)を書いて再びヒットさせたマイケル・ルイスが,その序章の中で,大学生の読者から殺到する手紙の多くが,本質的な人生相談ではなく,どうやったら投資銀行に就職できるのか,という内容だったと記している。

 一方,学歴競争の「負け組」にとっては悲惨な人生が待っている,と上述記事は示唆する。先進国の大学進学者の約3割は卒業できずにドロップアウトするという。彼らはシグナルも得られず負債だけが残る。しかも,以前は高等学歴が必要でなかった,現業公務員や看護師といった職に,シグナルを得た「勝ち組」が上から降りてくるため,「負け組」は人並みの生活水準を保つだけの安定職からもはじき出される。

 ところで,安倍政権のポピュリスト政策には幼児教育と高等教育の無償化が含まれる。前者については実証研究で先行しているアメリカの文脈を日本にそのまま当てはめることに問題があるし,一方,後者については資源浪費の疑いが濃い学歴競争に油を注ぐ点で,さらに問題が多い。高学歴化が進む一方で,機械化の難しいサービス系労働市場では人手不足がますます深刻化している。こうした職場では高学歴がシグナルを発する認知的能力よりも,むしろ対人関係の非認知能力がより重要であろう。後者のスキルはキャンパス内よりもキャンパス外で磨かれることが多いのではないか。

 現実の学歴競争が人的資本論よりもシグナリング理論の妥当性を反映している度合いが強いほど,学歴産業に公的資源を投入するのは無駄遣いとなる。学歴競争の本家であるアングロ・アメリカンの文脈で英エコノミスト誌が職業訓練プログラムや職場訓練(OJT)を再評価し,学歴以外の代替シグナルを開発すべきだと論じているのは皮肉である。日本は高等学歴競争にキャッチアップしようとして大学院レベルの学位取得者を増産することに力を入れてきたと筆者は見ているが,そのことが「学歴ローンダリング」現象を生み,「悪い均衡」を強化しているのではないか。政策議論が周回遅れのような気がする。

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