世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界の低インフレと日本の低インフレは別物である
(丸紅経済研究所 経済調査チーム)
2018.01.15
かつてグリンスパン元FRB議長は,利上げ局面でも米国の長期金利が上昇しない現象を“Conundrum(謎)”と呼んだ。寡聞にしてこのConundrumが解決したかどうかは知らないが,バーナンキ前FRB議長はその答えを「世界的過剰貯蓄」に求めたと聞く(早川英男著『金融政策の「誤解」』より)。
現在の世界的な低インフレもConundrumと呼んでいいだろう。筆者は足元の低インフレについて,バーナンキ前FRB議長の先述の考え方を応用して,その答えを「世界的需給ギャップ」に求めたい。その理由は以下の3点だ。
- ① IMF World Economic Outlookのデータを見ると,先進国グループだけでなく新興市場国グループでも消費者物価伸び率が縮小しており,先進国的構造要因(例:無人化等による生産性上昇)では説明できない。
- ② 同データによれば,先進国グループ・新興市場国グループいずれも消費者物価伸び率の縮小はリーマンショック後の反動成長が終わった2012年から始まっており,リーマンショック後の低成長(需給ギャップの原因)との関係が疑われる。
- ③ 独自に需給ギャップを算出すると,2017年の段階で先進国グループでは需給ギャップは概ね解消されているのに対し,新興市場国グループでは需給ギャップが残っている。
もし筆者の考え方が正しければ,足元の世界的低インフレは需給ギャップによる一時的なもので,経済成長が加速し需給ギャップが解消されれば再び各国のインフレ率や金利は上昇し,各国中央銀行はインフレ抑制のための利上げを迫られることになろう。もし筆者の考え方が間違いで,足元の世界的低インフレの原因が技術革新など構造的要因であれば,今後長期に亘ってインフレ率や金利は伸び悩み,各国中央銀行は金融緩和を続けることになろう。
ただし筆者は日本については上記の需給ギャップ原因説が当てはまらないように思う。昨年末,日本経済新聞の「エコノミストが選ぶ経済図書」で堂々の第1位に輝いた『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田有史編)は,日本で賃金(≒物価)が上がらない原因として,「労働需給」「行動(賃金の上方硬直性など)」「制度(人事制度など)」「規制(医療・福祉など)」「非正規雇用」「能力開発(の不足・失敗)」「年齢(高齢化など)」といった,(「労働需給」を除いて)日本独自の構造的低インフレ要因を挙げている(日本の労働需給は既にタイト化しているが,それでも2017年1〜11月の現金給与総額前年比伸び率は+0.4%にとどまっている。一方,米国では労働需給のタイト化により,2017年通年の民間企業時給は前年比+2.6%も上昇している。この事実は,労働需給が日本の賃金・物価低迷の主因でないことを物語っている)。つまり世界の一時的低インフレと日本の構造的低インフレは全くの別物なのだ。
昨年10月からFRBが保有資産縮小を通じた本格的な金融引締めを開始したことから,日銀にも同様の動きを予想・期待する見方が増えているように感じる。しかし日銀の使命はあくまでも物価安定目標(2%)の達成だ。そして日銀の前には,世界が一時的に経験しているのとは全く別の,日本独自の構造的低インフレ要因が立ちはだかっている。従って,緩和手段の枯渇といった技術的困難が無ければ,物価安定目標(2%)が十分に達成されない限り,日銀は今年も金融引締めの方向には一歩も動かないだろう。日銀が政策持続性の観点から長期国債購入額の縮小を余儀なくされながらも,年間80兆円の長期国債購入額のめどを掲げ続けているのは,「長期国債購入額縮小は政策持続性のためであり,決して出口戦略への接近ではない」ことを市場に暗示するためだと理解している。
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