世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.939

トランプ大統領のオバマケア打倒シナリオ

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2017.10.23

 トランプ大統領はオバマケアを撤廃した後,どのような医療保険制度を設けようとしているのか。また,議会が制定できなかったオバマケア撤廃・代替法に代わる,どのような方法でオバマケアを撤廃しようと考えているのか。この二つの疑問が,10月12日に発表された大統領令とその直後のホワイトハウスの発表,および現地紙の報道で,ある程度解けたように思われる。オバマケアを打倒するトランプ大統領の隠されたシナリオは次のとおりではなかろうか。

 オバマケア(オバマ政権による医療保険制度改革)はオバマ大統領の歴史的業績のひとつである。個人および雇用主の保険加入を義務付け,連邦政府の保険会社への補助金交付および個人に対する保険料の税額控除によって低中所得者の保険加入を促進する。保険適用の最低限の症例が設定され,既往症による保険加入制限や保険給付額の制限も撤廃する。この結果,2010年3月の制度発足前に4500万人いた無保険者が2800万人に減った(議会予算局の推計)。

 10月12日付の大統領令は,オバマケアでは医療保険の購入が州内に限られ,保険の選択肢が厳しく制限されている,保険料が高騰している(連邦政府が設置した39州の保険取引所では保険料が2013年の倍以上に上昇),保険会社間の競争が損なわれているという3点を理由に,①組合医療計画(AHP),②短期・期間限定保険(STLDI)および③医療保険料返済取り極め(HRAs)の3分野の改善をオバマケアの撤廃よりも優先するとし,労働長官,財務長官などに対して,60〜120日以内に関係規定の見直しとパブリック・コメントの収集,および大統領に対する総合的な報告の提出を6ヵ月以内に行うよう厚生長官に命じた。

 これら3分野のうち,①組合医療計画は,中小企業が各社単独で医療保険に加入するよりも,多数の企業が医療保険組合を結成して保険に加入すれば規模の利益が生まれ,有利な保険にすることができるという考え方による。しかし,過去の会計検査院の調査などでは効果を挙げていないし,問題も多いと報じられている。また,②短期・期間限定保険は,オバマケア発足によって期間は90日間に限定され,更新不可となったが,トランプ政権は期間を延長して更新も可能に変更する方針である。もともと,短期・期間限定保険は就業者の離職期間をカバーするための保険であり,これを医療保険制度の柱のひとつにすることは本末転倒である。保険料は安いが,給付対象が限られ,保険の質が悪化する恐れが高いからである。また,③医療保険返済取り極めを実施すれば,保険の選択肢が増え,従業員の保険加入の柔軟性が増すと大統領令は述べているが,詳しい説明がないため,その理由は不明である。

 この大統領令は,議会でオバマケア撤廃・代替法案がすべて否決された後に出された,最初のものだが,トランプ大統領は3制度の改善とは別に,オバマケア撤廃の方針に揺るぎはないと述べる。しかし,仮に3分野の関係規定が確定して2019年から実施され,順調に3分野の保険加入者が増えれば,オバマケアの保険加入者は減少し,オバマケアに残る加入者は高齢者や病人ばかりになる。この結果,オバマケアの保険料収入は激減,保険料は高騰,民間保険会社は市場から撤退し,オバマケアは崩壊することになる。大統領令の本来の狙いは,3制度の改善よりも,そこにある。オバマケアは敢えて撤廃しなくとも,目標は達成できるわけである。

 この大統領令が出た直ぐ後に,ホワイトハウスは保険会社に対する補助金の廃止を発表した。オバマケアには,中低所得者層の医療保険加入を促進するため,保険料の税額控除(APTC)と保険加入者による自費払い分の医療費を引き下げるコスト・シェアリング・リダクション(CSR)という連邦政府による二つの補助制度がある。ホワイトハウスが今回廃止と発表した補助金は後者のCSRである。

 CSRは保険会社に給付されるため,保険会社に対する救済策と批判されるが,元々の目的は中低所得者保険料負担を軽減するために設けられたものである。トランプ大統領がその廃止を求めた根拠のひとつは,この補助金が議会の承認を得ずに行われている憲法違反だとの主張で,共和党のライアン下院議長もホワイトハウスの発表に同調している。この補助金の違憲性は提訴を受けたワシントン地裁も認めたが,当時のオバマ大統領が直ちに控訴したため,依然係争中である。

 この補助金廃止方針が発表されると,保険加入者はもとより医師,病院,保険会社,全米知事会,全米商業会議所などが一斉に反対の声を挙げたが,それは,この補助金が廃止されれば低中所得層の自己負担額が急増し,支払不能に陥る保険加入者が急増するからである。これに対して迅速に動いたのが,上院の厚生・教育・労働・年金委員会のアレキサンダー共和党委員長(テネシー州選出)とマレー民主党筆頭委員(ワシントン州選出)である。両上院議員はホワイトハウスの発表から僅か5日後の17日,政府補助金は保険会社に対する救済ではなく,中低所得層の負担軽減であることを明記した上で,2年間(2018-19年度)延長することで合意した。

 オバマケア撤廃・代替法で対立している両党が,超党派で合意したのは今回が初めてだが,トランプ大統領も当面の措置ということで歓迎している。超党派合意はこれから法案として上下両院を通過する必要があるが,一部共和党保守派の反対はあるものの,成立は間違いないとみられている。補助金廃止問題はこれで一段落したが,トランプ大統領のオバマケア攻撃はこれで終わったわけではない。議会がオバマケア撤廃に失敗したため,トランプ大統領は議会に頼らず,大統領が持つ権限を徹底的に活用して初期の目標達成に邁進している。

 上記の補助金問題は上院によって阻止されたが,10月12日付のニューヨーク・タイムズ電子版によると,トランプ大統領はすでに今年6月頃からさまざまな手を打ち始めている。それらは次のように合計11本の多岐に亘っている。

 ①オバマケアの対象外となる給付対象の狭い,安価な医療保険の販売を許可する,②州内で開催される保険加入促進行事に厚生省の係官を派遣しない,③オバマケアのウェブサイトの加入申し込み手続きを日曜日は12時間停止する,④保険加入支援団体への助成を4割削減する,⑤保険加入促進のための広報費用を1億ドルから1000万ドルに削減する,⑥オバマケア批判のビデオを作成し,ユーチューブで流す,⑦同じくインフォグラフィックスをツィッターで流す,⑧保険料の税額控除を削減する,⑨オバマケア法に関するネガティブ情報をニュースリリースする,⑩個人の保険加入義務を緩和する,⑪オバマケア法に関する消費者に役立つガイダンスをウェッブサイトから除去する。

 ひとつひとつ読んでいくと馬鹿らしく思えるが,オバマ前大統領の業績を消し去さろうとするトランプ大統領の意気込みは異常なほど強固である。政権発足9ヵ月経てもその強固さは緩んでいないようである。

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