世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.905
世界経済評論IMPACT No.905

IMF世界経済見通しの精度が上がった?

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 シニア・エコノミスト)

2017.09.04

 筆者のように経済調査の仕事をしている人間は多かれ少なかれIMFの世界経済見通しにお世話になっているのではないだろうか。同見通しは世界約200カ国・地域と世界全体,様々な国・地域グループについて,5年先までの各種経済指標の見通しを提供しており,経済見通しとしては事実上のグローバルコンセンサスとなっている。

 IMFの経済見通しは,例えば2016年の世界経済成長率を予測する場合,その5年前の2011年春から2016年の予測を開始し,その後2016年までの6年間(2016年中も2016年の予測を行うので5年+1年=6年),各年春と秋の2回,合計2回×6年=12回,2016年の世界経済成長率を予測する(更に厳密にいうと,IMFは毎年夏と冬にも予測のマイナーチェンジを公表している)。

 さて筆者も先日,資料作成のためにIMFの世界全体の経済見通しを参照していたが,その際あることに気付いた。2011年以降,予測精度が高まっているのである。具体的には2011年以降の各年の世界全体の経済成長率実績値と,その予測値の乖離(例:2011年の実績と2011年春予測を比較)が従来比で小さくなっているのだ。

 予測の精度が高まる場合,その原因は2つ考えられる。ひとつは予測担当者や予測手法の変化により,予測が実績に近づく場合である。もうひとつの原因は,予測担当者や予測手法は従来のままだが,実績が予測に近づく場合である。それぞれ考えてみよう。

 まずIMFの予測手法はボトムアップアプローチと呼ばれるもので,近年大きく変わった様子はない。具体的にはまず幹部が各国・地域担当グループに対し,金利・為替・商品価格や国・地域ごとの前提を示す。それに基づいて各国・地域担当グループは暫定的な予測を行い,次に全体調整を行う,というプロセスを反復する,という手法だ。そして各国・地域担当グループが利用するメソッドはグループ毎に異なり,均一ではないという。このように比較的多くのメンバーが,合議制に基づいて予測を行う場合,その精度が急激に向上することは考えにくい。幹部交代で劇的に変わる可能性もあるが,近年のIMF経済カウンセラーは2008年9月〜2015年8月までがBlanchard氏,2015年9月以降がObstfeld氏であり,予測精度向上時期と一致しない。

 次に「実績が予測に近づく」場合を考えてみよう。「新しい経済予測論(山澤,2011年)」によれば,1980年度〜2008年度までの17予測機関の予測精度を調べたところ,日本政府による日本経済見通し(以下,「日本政府見通し」)の精度は1980年代11位,1990年代17位に対し,2000年代は3位となっている。これは日本政府見通しの強気バイアスに2000年代の実績が「追いついた」ものであり,正に「実績が予測に近づいた」典型例といえよう。他の研究も,特定の予測機関が長期に亘って正しい予測をすることは難しい,と結論づけている。従って予測精度の向上の多くは,「実績が予測に近づく」ことで生じていると考えたほうがよさそうだ。

 それではIMF予測において,実績を予測に近づけた要因は何か。筆者は米国を中心とする世界経済の安定により経済かく乱要因が減った結果,実績が予測に近づいたと考える。実際,VIX指数(S&P500のオプション価格から算出される株価下落リスクを示す指数)の年平均値が20(1990−2016年平均は19.7)以下となった1991〜1996年,2004〜2007年,2012〜2016年の各期間において,IMF予測の精度も高まっている。グラフが掲載できないのが残念だが,特に2004年頃からVIX指数の低下とIMF経済予測の精度向上の間には比較的強い相関関係が見えるのである。

 1990年代,2000年代のVIX指数の低下期間を,それぞれ「第1次ゴルディロックス経済」「第2次ゴルディロックス経済」という(ゴルディロックスは童話「3匹の熊」に登場する女の子で,彼女の行動に因んで「ちょうどよい」といった意味を持つ)。そして現在は「第3次ゴルディロックス経済」であるという。「第3次ゴルディロックス経済」が続く間は安心してIMF経済予測が使えそうだ。経済調査を生業とするものとして,「第3次ゴルディロックス経済」が永遠に続いて欲しいと切に願う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article905.html)

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