世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.902

ドイツ総選挙とEU統合深化

金子寿太郎

(国際金融情報センター・ブラッセル事務所 所長)

2017.08.28

 本年9月24日にドイツで総選挙が行われる。最新の支持率では,メルケル現首相率いる最大与党の中道右派・キリスト教民主同盟(CDU)/キリスト教社会同盟(CSU)が首位を快走している。一時は長期政権の飽きを指摘されていたメルケル首相だが,国際情勢が緊迫の度を増す中で,これまでの卓抜した実績と安定感への信頼が高まっている結果であろう。

 ドイツの新政権はEUの将来を左右する重要な役割を担う。EUは,英国の離脱(Brexit)などに伴い,機構再編が急務となっている。米プリンストン高等研究所のロドリック教授が提唱する「世界経済の政治的トリレンマ」によれば,国家主権,グローバリゼーションおよび民主主義は全て同時に達成することができない。EUの場合,グローバリゼーションと民主主義が基本理念であるため,必然的に国家主権が犠牲になると解釈できる。英国が「絶えず緊密化する連合」を掲げるEUへの主権委譲に消極的であり続けたことを踏まえると,Brexitの決定は時間の問題であったのかもしれない。

 こうした状況の下で,マクロン氏がユーロ圏の共通予算や財務相の創設を公約に掲げてフランスの大統領になった。EU機関では,メルケル首相の陰に隠れていた感のあるオランド前大統領の頃と比べ,フランスの域内におけるリーダーシップが高まり,独仏の連携が再び機能するようになるとの期待が高まっている。5月の仏大統領選挙を境に,EUガバナンスの潮目は変わり,再び統合深化に向けた風が吹き始めている。

 ただ,EUの現実は引き続き厳しい。経常収支等でみた域内経済のマクロインバランスは拡大している。加えて,ギリシャ債務や南欧等の銀行不良債権といった深刻な問題が残っている。これらはEU全体で取り組まなければ解決が難しく,財政余力のある国による直接的もしくは間接的な支援が必要と思われる。

 EU基本条約の第121条は,域内の効率的な資源分配にも配慮しつつ,経済政策を調整するよう加盟国に求めている。とはいえ,EUによる加盟国政策のチェック機能は,あくまで勧告であり,財政拡張等を強制できる訳ではない。独り勝ち状態のドイツとしては,労働市場の流動化といった痛みの伴う改革により漸く貯めた国富を他国の失政の後始末に使いたくない,というのが本音である。独仏連携に関して,ドイツ議会は,フランスが応分の役割を果たすべく国内の反発を抑えて構造改革や財政再建を断行できるのか,見極めようとする姿勢を崩していない。

 それでも,独仏のトップ同士は,頻繁に会合を重ね,信頼関係を築きつつある。防衛協力等の分野では既に一定の成果も挙がっている。米国発の自国優先主義が世界中に拡がりつつある中,EUが国際秩序のアンカーとして強固な連帯を維持できるか否かに注目が集まっている。

 一つの現実的な解決方法は,ユーロ圏の中でも,経済状態が健全な国の間で先行的に財政協調を行うことであろう。これは,いわゆる「マルチスピード欧州」の発想を推し進めるものである。しかし,巨額の公的債務を抱える南欧の加盟国等は,先行グループから取り残され事実上の二流加盟国に転落してしまう懸念から,こうした考えに警戒を強めている。一部の強い国々だけの統合深化は,EUの悲願である「真の経済通貨同盟」への近道になる反面,域内全体の不協和音を高める惧れもある。

 このような際どい状況にあって,ドイツでは,支持率で第2位につける中道左派・社会民主党(SPD)のシュルツ党首が危険な賭けに出ている。「メルケル首相は難民問題に有効な解決策を提示できていない」との批判を始めたのだ。SPDは,CDU/CSUに先立ち,本年6月に公約を公表したものの,CDU/CSUとの政策の違いを打ち出せずにいる。シュルツ氏自身も,欧州議会議長から党首に就任した当初の目新しさが薄れるに伴い,メディアへの露出が減っていた。難民問題を今次選挙の中心的争点とすることにより,存在感を再びアピールする意図があると推測される。

 同氏の主張に対して,新興極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)は「大連立の一翼を担うSPDも無策であった」と,与党を一刀両断にしている。AfDは,難民受け入れ反対を訴えるようになって以来,急速に支持を伸ばしてきた。最近は難民流入が落ち着いているほか,党の内紛もあって,勢いを失っているものの,まだ支持率で第3位につけている。シュルツ氏の発言を機に,難民問題への注目が高まるようなことになれば,SPDよりもAfDにとっての追い風となるであろう。AfDは,銀行同盟に反対するなど,反EUの立場を明らかにしている。

 一方,与党のCDU/CSU及びSPDはともに親EUである。このため,どちらが勝利しても域内統合にとって前向きな結果となるが,強いて言えば,SPDの方が概してEUにより協力的である。仮に新たな大連立政権で同党が財務大臣のポストを取る場合(現職はCDUのショイブレ氏),ドイツのユーロ圏財政協調に対するスタンスは宥和的なものに変わる可能性もある。その際には,カルステン・シュナイダー連邦議会議員,ヨルグ・アスムセン前ECB専務理事等が候補に挙がり得よう。

 EUにとって最大の懸念事項は,移民排斥,反緊縮政策等を訴える極右・大衆迎合(ポピュリズム)政党の台頭である。シュルツ氏の奇策は今のところ政局を大きく変えるほどのインパクトにはなっていないものの,選挙は水物である。万一ドイツで極右政党が躍進し,議会で一定の勢力を占めるようなことがあれば,その後に控えるオーストリアやイタリアの総選挙にも影響が及ぶであろう。両国では,極右もしくはポピュリズム政党が既に大きな力を持っている。政治リスクが強く意識された今年のEUにあって,これまでオランダ,フランスと穏当な選挙が続いてきた。今年最大の政治イベントであるドイツ総選挙が最大の波乱とならないか,予断を許さない状況が続く。

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