世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.885

ドイツ帝国の復活

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2017.07.31

 日経でも論じられたが(日経7月12日「オピニオン」欄,The Economist「ドイツの黒字,自由貿易を脅かす」),ドイツの経済力が増している。この論説は経済について語るが,科学技術と工業についても同様のことが起こっている。喜ばしくも心配させられることもある。フォルクスワーゲンの利益の40%が中国市場からというのはトヨタの米国依存と同格に扱ってはならない。関連企業がフォルクスワーゲンに追従しているので,ドイツの中国への集中は技術的に見ても大変な規模と推定できる。当然,技術の移転も生じるので規制は無いが軍事に欠かせない技術も広まっていくだろう。

 今から5年ほど前に,ドイツはIndustry 4.0という産業革命を唱え始めた。振り返ってみると,恩恵に預かれない化学,食品,雑貨と比べると,Industry 4.0はフォルクスワーゲンのための物流改革と言っても過言ではない。戦後,長期間に渡って世界の工業標準は米国が圧倒的に強かった。現在でも,多くの工業標準が米国由来なので,パイプやタイヤ径などは中途半端な数字になっている。戦前戦後に優位を保っていたドイツ工業規格DINは,戦後,次第に弱くなった。産業の基礎である化学物質登録などは,ドイツが有機化学物質の最大のデータベースであったBeilstein Databaseを米国のChemical Abstract Servicesに売却して以来,100%米国の独占である。米国優位の中,ドイツはIndustry 4.0でDINの復活を目指しているのだろう。東西ドイツ統一の混乱を経た後,ウラル山脈から西側をドイツ工業が圧倒した自信のなせるものである。

 我国の国家戦略でもある自動運転技術でも,スバル以外の各社が使うユニットはイスラエル・モービルアイのAI技術を使ったドイツ・コンチネンタルからの供給である。ドイツは日本と並ぶ産業用ロボット製造会社のKukaを持っているが,KukaはIndustry 4.0の中心的な会社であると同時に,現在は中国美的集団の所有である。成長の著しいLEDの製造装置で大きなシェアを持つAIXTRONも中国から買収提案がありドイツ政府は承認をした。しかし,米国政府の反対によりこの買収は阻止された。唐突に始めたEVは韓国製電池で開始したが遠からず中国製になるであろう。俯瞰的に見ると,産業全体で独中連合が世界を飲み込みつつある。ドイツは自動車とその関連産業に注力する一方で,原子力からは撤退,反原発を国家戦略として世界に提案することで,英仏の原子力関係企業を結果的に弱体化させている。ここまで進んでくると,ドイツは中国と手を携えて着々と工業技術の世界制覇を進めていることが見えてくる。中国の一帯一路の欧州側起点が,カレーやオーステンデではなくドイツDuisburgであることもドイツと中国の関係深化を示している。

 ドイツを信奉している日本人なら,環境を重んじて工業技術を進化させるところは素晴らしいと賞賛の念がやまないところだと思うが,他国に迷惑を掛けていることには厳しい目を向ける必要がある。再生エネルギーを推進したが,予想通り,電力供給安定性に欠けるので以前より多くの石炭火力を稼働させている(一部メディアや文化人は無視している)。価格競争力を補うために考えだしたFITはスペインで破綻し,日本でも先行きが怪しくなっている。ディーゼルの排ガス問題では,国家(実はフォルクスワーゲン)の宣伝が嘘であった。排ガス制御装置を製造供給し,高いシェアを持つのはコンチネンタルとボッシュのドイツ2社である。一部日本のメディアが垂れ流すエコで勤勉で実直なイメージと乖離してきている。

 Brexitにおける英国に対するドイツの頑なな態度を見ていると,ドイツの自信と野心が見えてくる。加えて,民主主義,自由貿易経済ではない中国との急激な接近は20世紀前半のドイツ外交の再現ではないかと感じる。英国ではその長い歴史から,格言に,Don’t play with Chinamanというものがある。中国との取引はよっぽどの注意が必要との警句である。実際に,英国ではキャメロン政権で首相と財務相の前のめり中国友好が痛烈な批判を浴びたが,メルケル政権では議論にならないのであろう。ドイツが覇権国になる時は世界が震えるときである,と同時に,技術は急激に進歩する時代になる。

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