世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.884

日本銀行の失墜:王道か覇道か

岡本悳也

(熊本学園大学 名誉教授)

2017.07.31

 「家計の堅実な消費ビヘイビアが物価の安定に寄与している。日本も成熟国家にふさわしく,成長パラノイア,消費パラノイア」を卒業しつつある,と日本銀行総裁ともなるとそのくらいのことは言ってほしいものである。日銀のこのところの説明は「消費者にデフレマインドが浸透し,2%物価上昇率が実現しないのは一重に消費者の責任である」と言っているに等しい。

 金融論を専攻する若い学徒にとっては,金融論の様々なテーマの中でも「中央銀行論」というテーマは一種,高尚なテーマであるかのようなイメージがあった。英国の中央銀行である「イングランド銀行史」には,権威ある浩瀚な書物が複数,公刊され,研究者の必読書であった。中央銀行論にかかわる19世紀の「通貨論争」,20世紀の「マネタリズムVSケインジアン論争」についても「汗牛充棟」ただならぬ研究がある。かくして「中央銀行論」には標準的理論が確立していたはずである。

 今からおよそ30年前,1972年に岩波書店から中級レベルの経済学教科書の決定版ともいう「経済学全書」およそ10巻が出た。当時の各分野の権威が担当者であった。『金融論』は館隆一郎,浜田宏一であった。

 『金融論』は今に通用する正しい金融政策論を説いていた。金利政策の非対称性である。金利政策はヒモを押せないように緩和政策には無効であり,ヒモを引き寄せることができるように引き締めには有効である。したがって,景気対策の有効需要政策は赤字国債の発行も許容されるケインズ的財政政策で対応すること。金融政策は景気が反転して,金利が急騰を始めれば,引き締めを強くしすぎて,景気回復を冷やす「オーバーキル」にならないように,また金利上昇が民間投資を排除する「クラウディング・アウト」にならないように留意することであると。

 金利政策は金融緩和対策としてはきわめて有効性に乏しいというのが厳然たる理論的含意である。当時の問題は「投資の利子非弾力性」であったが,現在は「消費の利子非弾力性」である。物価上昇率を期待して消費意欲を喚起される家計がどこにあるだろう。

 金利がそもそも低いのは日銀の責任でもなく,政府の責任でもない。成長率が低下した当然の帰結である。とは言え,超低金利まではやむをえないとして,「ゼロ金利」「マイナス金利」といった聞いたこともない異次元金利は家計部門の消費を喚起させるどころか,強い不安をかきたてている。

 しかし,愚策は時に役にたつことがある。金融政策論には利子率がゼロの近傍に近づけば,利子率が反転した時,証券価格は暴落するので,貨幣需要は無限大になり,利子率の低下には下限があるといった理論がある。この理論を「流動性の罠」(Liquidity trap)と言う。この学を衒ったペダンティツクな理論を得々と講義したこともあるが,このような理論が現実化するとは思いもしなかった。家計部門は今まさにこの時「現金形態(タンス・金庫預金,普通預金)」で貨幣需要を「無限大」にしている。理論は実証されたのである。

 効き目のないことがハッキリしている薬の量を増やしたからと言って効き目がでるわけがない。むしろ副作用がでるだろう。すでに処々方々に副作用は出ている。銀行の財務を弱体化させている。米銀は収益を増加させているのに。日銀の財務も異常である。日銀は低利の国債を膨大に抱え込えこんでいる。景気が反転しても,証券価格が暴落し,金利が反騰するのを回避するためには,日銀は抱え込んだ証券を市場で売却できない。売却すれば大きなキャピタルロスをこうむる,抱え込めば不良資産である。日銀は正常時には納付する税金(「日銀納付金」)を長期に納めえない。「日銀納付金」は国民の経済活動の成果であることを忘れてはいけない。「日銀納付金」は日銀が正常に機能しているかどうかのバロメータである。

 黒田東彦日銀総裁の功績がまったくないわけではない。金融政策には「金利政策」と並んで「アナウンスメント効果」があると言われている。今日的には,ファンド・マネージャーを相手とした「市場との対話」に矮小化されてはいるが。2013年4月に,いわゆる異次元緩和をかかげて黒田総裁がさっそうと登場した時には,確かに,円の過大評価の是正効果はあったと評価したい。しかし,「アナウンスメント効果」は1回限りである。そうでなければ,「狼少年」になる,すでに6回も2%上昇時期を繰り延べ「狼少年」になりきっている。

 中央銀行の責任とは「貨幣価値の安定」であり,そのための「政治からの独立性」の堅持である。それは「政府の役割」と「中央銀行の役割」が異なるからであり,政府は「財政政策」によって自らの役割を適切に果たすべきであり,中央銀行は「金融政策」によって「貨幣価値」の安定という崇高なる使命を果たすべきである,ということである。この原理原則から逸脱し,中央銀行が政府に追随すれば,中央銀行の「王道」は「覇道」に転ずる。中央銀行の権威は失墜する。

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