世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.863
世界経済評論IMPACT No.863

半年を迎えるトランプ政権

坂本正弘

(日本国際フォーラム 上席研究員)

2017.06.26

 社会学では,人間行動に対し,社会の構造的仕組み,規範であるstructureと個人の自由意志であるAgencyのどちらの影響が大きいかが,議論されてきたが,トランプ大統領の場合,自由意志,強い人格・Agency の色彩が強いことは論を待たない。しかし,米国大統領の地位は,歴史的にも,社会的にもstructure,そのものの面が強い。最近の状況は,両者が,ぶつかって,混迷している状況といえないか。

 トランプ氏は第7代ジャクソン大統領(1829−37)を尊敬し,その肖像を執務室にかけているというが,ジャックソン氏も,強い個性の人だった。19世紀初頭,英国など強い欧州に対し,米国は国益第一,孤立主義のモンロー主義を報じていたが,ジャクソン大統領は,反エリートで男子普通選挙を行い,連邦主義者ハミルトン設立の中央銀行を廃止した分権主義者であった(米国に連邦準備制度ができるのは,約100年後の1913年である)。しかし,1813−15年の米英戦争では,司令官として勝利し,人望を高め,現在でも,20ドル紙幣にジャックソン将軍・大統領として,君臨している。

 トランプ大統領はアメリカの利益第一主義,反国際主義,反既得権益主義などを唱えて登場したが,株の上昇が,今日も政権を支えている。雇用重視・製造業重視,法人税減税,エネルギー規制や金融規制の緩和,移民規制,インフラ整備などが寄与したと思われる。また,対外関係では,価値外交の軽視,NAFTA再交渉,TPP離脱のほか,同盟国の安全保障負担見直しなど,同盟国へ不安を与えたが,ロシアとの関係改善,北朝鮮への厳しい姿勢,中国の貿易赤字や台湾問題・南シナ海など,オバマ政権の戦略的我慢を見直す姿勢には期待もあった。2月の安倍・トランプ会談は,これらの点で時宜を得たものだった。

 然し,100日の蜜月は急速に過ぎ,強い議会,強い裁判所との闘いがある。イスラム諸国からの入国を巡る裁判所との争いは続く。オバマケアに変わる共和党の医療提案はなお,上院を通っていない。何よりも,上院の承認が必要な各省の主要人事は600人といわれるが,政権発足後半年に近い現在でも,空席が多く,内外政策の立案,実施に支障をきたしている。

 さらに,ロシアゲート問題が大きな影を落とし,フリン補佐官が辞任するほか,トランプ大統領のコーメイFBI長官の解任,ミュ-ラー特別検察官の任命など,トランプ政権は,この問題の対応に,過大なエネルギーを割き,重要な案件に手が回らない状況である。政権にはラストベルト労働者の岩盤の支持があるとされるが,国民全体の支持は4割を割る。

 国際関係だが,4月の米中首脳会談を挟んだ,米国のアサド政権飛行場攻撃,アフガニスタンでの大型爆弾投下,さらに,北朝鮮周辺への空母・原潜の派遣は,米国の軍事外交の有効性を誇示し,米国の世界の警察官への復帰の期待を高めた。しかし,トランプ大統領の5月の海外訪問は失敗であった。イスラエルとサウジと二国間交渉はそれなりだったが,NATOやG7の同盟国との会議における防衛分担や貿易の不均衡などのほか,パリ協定を巡る対立は,トランプ政権の多国間会議での不手際だが,アメリカ第一主義の障害である。

 TPPからの撤退もその流れである。

 米国が国際的地位を低めている中,中国がその空間を埋めるかのように主張を強めている。ダボス会議での自由貿易の主張を皮切りに,パリ協定を持ち上げ,RCEPの主張とともに,一帯一路やAIIB加盟の増加など,その影響力を高めている。米国が,北朝鮮への中国の影響力に期待し,対中姿勢を戦略的忍耐に弱めたことが,シャングリアの会議でも,南シナ海問題を巡り,アセアン諸国の姿勢を中国寄りにしている。しかも,中国の北朝鮮への対応は限定的なものに留っている中,北朝鮮の核開発,ミサイル実験はむしろ加速している。

 以上,トランプ政権の今後は難問累積である。幸い,経済は好調で,FRBは6月の利上げに続き,公債の償還を進める計画である。早急に,各省の主要人事を埋め,統合的政策を立案推進するべきである。国際関係で言えば,マチス国防長官,チラーソン国務長官,マックマスタ―安全保障の組み合わせは,極めて強力,順当なものとされるが,今後行われるG20,国連,APEC,東アジア首脳会議でのアメリカ第一主義の緩和が課題であろう。更に言えば,中国を抑制できる大国として,戦略的忍耐を止め,毅然とした対応を示すべきである。

 最後に,日本だが,米下院の付属機関の米中経済安全保障調査検討員会の最近の会議で,中国のアジアでの影響力の高まりに対し,日本への期待,日米協力の重要性への指摘が多かった。2月の日米首脳会談で,国際会議に際して両首脳の会議を持つことを約したが,シンゾー・安倍にはトランプ氏の国際会議の指南役として期待があることを付言したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article863.html)

関連記事

坂本正弘

最新のコラム