世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.836

Frexitと大統領の非常事態権限

金子寿太郎

(国際金融情報センター・ブラッセル事務所 所長)

2017.05.02

 4月23日の仏大統領選挙により,極右・国民戦線のルペン氏が5月7日の決選投票に進出することとなった。ルペン氏は,外交や経済・金融行政上の主権を取り戻すべく,かねてからEUからの離脱(Frexit)を公約に掲げている。フランスは1958年に制定された第五共和制憲法に基づき,大統領制と議院内閣制を合わせた独自の政治システム(いわゆる半大統領制)を敷いている。この制度では,議会制により公権力の適正な運営が阻害された過去の経験を踏まえ,大統領に有事における独裁的な権限が認められている。

 憲法第88条はフランスがEU加盟国であることを明記しており,Frexitには本条を削除する憲法改正が必要である。憲法第89条は,憲法改正について,首相の提案に基づき大統領(もしくは下院議員)が発議し,上下両院の審議・議決を経て,国民投票による承認後に発効すると定めている。首相の任免権は大統領が有するため(憲法第8条),大統領は任意に首相を任命することができる。このように,大統領は憲法改正の国民投票を比較的容易に発議することができる。しかし,国民戦線の下院における議席数は2に過ぎない。確かに,ルペン大統領の誕生に勢いを得て,6月の下院選挙で国民戦線が躍進する可能性もない訳ではない。それでも,国民戦線と連携しそうな主要政党が現状見当たらないことを併せて考えれば,実際に国民投票が行われる事態は想定し難い。

 より技術的なハードルが低いのは,大統領の非常事態権限を通じたFrexitの実現である。憲法第16条は,共和国の諸制度,国の独立,領土の保全あるいは国際的約束の履行が重大かつ切迫した脅威にさらされ,憲法上の公権力の正常な運営が妨げられた場合,大統領が「状況に応じて必要な措置を採る」ことを認めている。非常事態権限は,大統領に広範な独裁権を付与するほか,国会の承認が義務付けられていない点で,他の主要国の類似権限と比較して特殊である。

 2008年には,非常事態権限に一定のコントロールを加えるべく,憲法改正がなされた。これにより,非常事態権限が30日間行使された後に,下院議長,元老院(上院)議長,60名の下院議員もしくは上院議員が,憲法院に同権限行使の適否にかかる審査を訴え出ることができるようになった。

 仮にルペン氏が大統領になり,非常事態権限を行使して憲法改正等を図った場合には,その30日後に憲法院の審査が行われることが予想される。本条の適用事例は,アルジェリア紛争中の国内動乱を受けて,1961年にド・ゴール大統領が行使した一件のみである。このことからも明らかなように,本条はクーデターのような極度の状況を想定しており,移民・難民の流入等による失業増加,格差拡大,治安悪化もしくはアイデンティティの希薄化といった社会問題を根拠に非常事態権限を行使することは,違憲と断じられる蓋然性が高い。

 しかしながら,憲法第16条の適用は大統領の専管事項(大臣の副署を要しない大統領固有の権限)であり,憲法院審査で不適切と判断されたとしても,強制力をもって排除されない。すなわち,憲法院審査は,第16条が適用できる状態にあるか否かを監視する機能に過ぎないと解されている。

 世論調査によれば,フランス国民の半数以上がEUを全体的に支持していると考えられる。このため,仮にルペン氏が大統領に選出されても,実際にはFrexitを目指さない可能性もある。同氏が大政党によるエリート政治は民意を反映していないと主張することにより「置き去りにされた人々」の支持を集めてきたことを踏まえれば,Frexitはポピュリストとしての自己否定になる。おそらくこの点を意識して,同氏は公約において「EU離脱の是非を問う国民投票を行う」としてきたのではないだろうか。

 とはいえ,上述のように大統領には極めて強力な権限が憲法により規定されている。したがって,仮にルペン氏が民主的かつ安定的な政権運営よりもFrexitを優先する考えであるとしたら,大統領に就任し次第,憲法第16条の非常事態権限に基づき,憲法改正及びEUへの離脱通告を強引に進める可能性も排除できない。

 この場合,国民投票によってEU離脱を決めた英国と異なり,民意が必ずしも反映されないことになるため,事後的に国民投票でFrexitの是非を問うことは政治的に許容されるであろう。しかし,その場合でも,EU基本条約(リスボン条約)には,EU離脱通告の撤回に関する規定が存在せず,手続きの不透明性がある。

 ルペン氏はユーロからの離脱も公約に掲げている。リスボン条約はユーロ離脱手続きも定めていないものの,これは離脱ができないということを意味しない。加えて,フランスの憲法はユーロ圏離脱の直接的な障害にはならないため,国内の法的手続きはFrexitに比べ容易である。

 第五共和制憲法が発足してから60年近く経過した今日,大統領権限の強化が初めて裏目に出ようとしているのかもしれない。このリスクについての検討が必要であろう。

関連記事

金子寿太郎

国際政治

欧州

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉