世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.833

「狂気の世界」に節度ある政治を

津守 滋

(東洋英和女学院大学 名誉教授)

2017.05.01

 あからさまな「保護主義」により,アメリカ・ファーストの政策を進めるトランプ大統領のやり方を,世界が見守る構図が続いている。反保護主義で自由貿易が当然のことのように思われたこれまでの「常識」が,一挙に崩れ落ちようとしている。

 先般ドイツのバーデンバーデンで開かれた主要20か国・地域の財務相・中央銀行総裁会議は,これまでの「あらゆる形態の保護主義に対抗する」との文言が削られ,「世界への貿易の貢献を高めるため取り組む」との最終宣言を出した。米国の横車に大多数の国が押し切られた形である。ムニューヒン財務相が,「公正な貿易」にこだわり,譲らなかった。議長国のドイツ・ショイブレ財務相は,議論を7月のG20首脳会議に先送りし,議論を終息させた。

 先頭に立って自由貿易を主張しなければならない麻生大臣は,微温的な発言に終始した。世界は確かに「グローバリズム・ファティーグ」(E.トッド)と呼ばれるように,グローバリズムの弱点が大きく浮かび上がってきている。国家間,国民相互間の経済格差が目立ってきているし,「強いもの勝ち」の症状も著しい。米国政府が議会に提出した通商政策の報告書では,「米国に不利な決定が下された場合には,それが米国の法律を自動的に変えるものではない」とし,さらに「通商法301条を適切に使えば,強力な武器になる」と唱える。本来公正な判断を下すWTOの決定に拘束されないと宣言することは,ちょうど南シナ海問題で,中国が国際海洋裁判所の判断を一方的に無視するやり方と,まったく変わらない。これでは世界の秩序が成り立たない。無法状態に世界を逆戻りさせようというのか。

 通商法301条は,戦後自由貿易を信奉して経済発展を遂げてきた日本にとって,70年代,80年代に散々苦しめられた代物である。再びその苦労を味あわさせられるのであろうか。

 トランプ政権は,経済問題については,多国間でなく,二国間で問題に解決を図ろうとしている。麻生大臣とペンス副大統領が,この交渉にあたるが,米側がどのような要求を突き付けてくるのか。まもなくわかると思われるが,日本側として相当褌を締めてかかる必要がある。

 ともあれ現在一種「狂気」の状態にある米政府の心理状況への対応策としては,「節度」を求めるほかない。この問題に限らず,世界は今や「狂気」が支配する状況になっている。ISの暴虐非道な蛮行,北朝鮮のなりふり舞わぬ核・ミサイルの発射,南シナ海での中国の無法な振る舞い,このような国際秩序を破壊する勢力ののさばる世の中での対応策は,結局「節度」でしかない。「馬の耳に念仏」も良いところであろうが,しかしそれ以外に方策がないのも事実である。

 30年前にスタンレイ・ホッフマンが書いた「Duties Beyond Borders」(「国境を超える義務」)が唱える「(政治,国際政治に求める)節度」を,今こそ世界の超大国のアメリカが率先垂範することを期待したい。

 ここまで書いたところで,シリアに対し,アメリカがトマホーク59発を発射したとのニュースが飛び込んできた。アサドによる化学兵器の使用が事実として,アサドの狂気に対し,アメリカが狂気で対抗した形である。トランプ大統領の決断を称賛する声も大きいし,日本政府も支持している。狂気に対しては,狂気でしか対抗できないことが証明されたともいえる。だがよく考えると,これにより問題が解決する保証はない。むしろ問題が泥沼化し,解決が無限に遠のく可能性すらあろう。

 加えて北朝鮮の危機が差し迫っている。米空母カール・ビンソンが,当初予定の方向を転換し,朝鮮半島に向かっている。北朝鮮は,「脅迫には屈しない」として,一触即発の状況である。

 北朝鮮は,先日日本の米軍基地を対象にした攻撃の訓練を実施した。米軍が北を攻撃した場合,報復として北は日本をたたく可能性が高まっている。日本は好むと好まざるとにかかわらず巻き込まれる。このようなシナリオが現実のものになりつつある。

 繰り返しになるが,今こそかってスタンレイ・ホッフマンが強調した政治,国際政治に「節度」が求められている。

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