世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.830

日本におけるバターの安定供給と望ましい貿易について考える

松村敦子

(東京国際大学 教授)

2017.04.24

近年バター不足が生じていない理由

 2015年2月23日付「世界経済評論IMPACT」において,「日本のバター品薄にみる構造的問題の解決策を考える」と題したコラムを発表させていただいてから,早2年余りが経過した。バターの品薄が大きな問題となったのは2014年末であったが,それ以前にも度々バター不足が生じていたため,農水省はこうした過去の苦い経験を踏まえて2015年以降,バターの輸入方式を改めた。このことが近年のバター不足回避に有効であったとみられる。

 バターは国家貿易品目であるため,国際約束に従って輸入されるカレント・アクセス分と,それでは不足する場合に行う追加輸入分から構成されている。2014年までは農水省はバター輸入時期を事前に公表せず,メーカーや卸売業者が調達計画を立てにくく在庫を抱え込んでしまい,市場でのバター不足を招いた。そこで農水省は2015年以降,1月にカレント・アクセス分の輸入を決定し,5月と9月に追加輸入の判断を行うというように,定期的に輸入量を決定することとしメーカーや卸売業者における輸入の予見性が高まり供給不安が解消された。

 さらに2017年からは,1月にカレント・アクセス分に加えて翌年度全体の需給を見通した輸入計画を示すこととした。その結果2017年度は13,000トンのバター輸入を予定しており,バター不足は生じないと見込まれる。

日本の酪農業の競争力強化と,現行のバター保護政策見直しの必要性

 農水省生産局が本年1月27日に発表した資料によれば,2017年からの上記の輸入方式採用により,「乳業メーカーが計画的に輸入バターを業務用に使用し,これまで業務用に仕向けていた国内産生乳を家庭用バター生産に回すことができるようになるため,国産生乳原料の家庭用バターを安定供給できるようになる」とされる。つまり,家庭用には国産生乳使用のバターを優先的に供給するのが望ましいとの考え方がある。これを受けて,大手乳業メーカーは自社製品に使うバターを国産品から輸入品に置き換えるように努力しているという報道もある。

 しかし輸入バターを業務用に限定する必要はなく,高品質輸入バターなら日本の家庭に受け入れられるであろう。消費者が味やブランドイメージ,価格の異なる国産バターと輸入バターの両方を手に取ることができれば,選択肢が広がるという意味で消費者メリットに繋がる。政府としてもバターの国家貿易の運営方式の改革に関して,「最終消費者の動向を把握する民間事業者からこまめに情報収集し適切に運営する」としており,今後は消費者の動向を重視したバター国家貿易改革が期待される。

 日本のバター価格は2014年中に急騰し,農水省牛乳乳製品課によると,大口需要者向けバター価格は2014年4月の1キロ当たり1200円程度から同年12月には1380円程度まで上昇した。現在の同製品価格も1350円程度と高止まりの状態にある。供給不安は輸入で解消されているものの,日本でのバターの高価格は深刻である。その背景には,バター原料の生乳の生産コストが飼料価格の上昇等によって増加傾向で推移してきたことが挙げられる。同時に,酪農経営における過重な労働負担と新規生産者の投資負担などを背景に,酪農戸数と飼養頭数が減少したことで生乳生産量が減少し,その結果としてバター価格上昇が引き起こされたとみられる。

 日本のバター価格安定化のためには,酪農の原材料コストの低下と生産性の向上が重要である。その意味で,政府の「農業競争力強化プログラム」は注目に値する。国際競争に伍していける水準の生産性の実現を目指した乳業の業界再編・設備投資の推進,政府系金融機関の融資などを盛り込む一方,酪農家の働き方改革の推進を柱のひとつとして挙げている。これには,搾乳ロボットやパーラーなど,労働条件を改善する設備投資などを通じた労働支援を行うことが示されている。このプログラム実施により酪農従事者の増加と生産性向上が実現すれば,生乳生産量増加と乳製品の価格安定化に繋がる。

 こうして徐々にでも日本の生乳とバターの国内生産が安定すれば,日本のバター輸入の国家貿易体制と高関税率引下げの議論にもつながる。バター輸入の関税率は,国家貿易の枠内輸入について25%,枠外で29.8%+985円/kgと,保護の程度は非常に高い。乳製品を含めた農業改革が進められる現在,バター輸入の保護政策体系も見直す時期にきている。

生乳流通制度改革が促す生乳差別化と乳製品輸出基盤作りの重要性

 前述の「農業競争力強化プログラム」には,半世紀の間続いてきた加工原料乳生産者補給金制度の改革も挙げられている。バターの原料である生乳の大部分が,酪農専門の農協を通じて全国10か所の指定生乳生産者団体に出荷され,この指定団体が乳業メーカーに販売する仕組みとなっている。このため個々の酪農家は価格決定に関与できず,特色ある生乳生産を行おうとする意欲のある酪農家から収益拡大の機会を奪っている。

 そのため本年2月に閣議決定された農業競争力強化支援法案には,現在指定団体に出荷する酪農家に限られている補給金を,指定団体を通さずに乳業メーカーに直接販売するやる気のあるアウトサイダーにも支給するという法案が含まれる。これが成立すれば,生乳生産者の創意工夫が促され,現在生産者全体の3%程度にすぎないアウトサイダーの増加と酪農への新規参入が期待できる。

 一方,生乳生産者による乳製品の自家製造,指定団体だけではなく他のルートでも生乳を出荷する部分委託の道も開けてはいるものの,自家製造の処理量,販売先の乳業者の処理量のいずれも現在は1日3トン以下に限られており,この縛りが酪農家による特色ある生乳や乳製品の製造・販売を制限しているとみられ,改善が検討されるべきである。

 安心安全で特色ある生乳の生産量が増加していけば,日本ブランド乳製品の輸出拡大も期待できる。現在でもバターは他の乳製品とともに,シンガポールや台湾などを中心に非常に僅かながら日本から輸出されており,今後こうした輸出の芽を育てることが重要である。日本の農林水産物と食品の合計輸出額は2016年まで4年連続で過去最高を更新しており,政府としても乳製品の輸出拡大にも意欲的である。バター原料となる生乳生産面での改善とバター輸入制度の見直しを同時に進め,国内供給不安の解消と価格安定化を目指す一方で,日本ブランド・バターの輸出基盤を作っていくことが望ましい将来像であると考える。

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