世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.820

真のダイバーシティ経営は行動にあり:外資系A社に学ぶこと

馬越恵美子

(桜美林大学 教授)

2017.04.03

誰のコーヒーか?

 「おはようございます。Good morning! Bonjour!」

 26階のガラス張りの美しいオフィスの扉をあけると,キッチンカウンターの近くにフランス人社長がいた。エスプレッソを入れている様子だが,カップが二つある。「二杯飲まれるのですか?」と尋ねると,「こちらはエミコのだ」と。なんと私が来ることがわかっていて入れてくださったのか,と早とちりして,感動。ところが,なんとそれは私と同じ名前の社長秘書エミコさんの分であった……。社長が秘書にコーヒーを入れる粋な会社は,私が社外取締役を務めるアクサ生命(以下,アクサ)である。

 アクサはフランスのパリに本社を置くAXAグループの日本法人。同グループは世界64カ国で事業展開を行ない,2009年から8年連続で世界No.1の保険ブランドを誇る。アクサは,医療・死亡保障および長期の資産形成向けの商品を含む多様な保険商品を販売。全国の商工会議所や主要大企業,官公庁と長期にわたるパートナーシップを結び,約400万件の契約を保有するなど,強固な顧客基盤を築いている。CMで有名なアクサダイレクトは,その100%子会社である。

 さて,この会社にご縁をいただき,内部から見て思ったことは,ダイバーシティ経営が根付いている,ということだ。冒頭のエピソードはそれを象徴するもので,仕事は厳しいが,「ジェンダーや職位を超えたコミュニケーション」が闊達に行われている。

 アクサでは2009年から社員一人一人が能力を発揮できることを目指して「ダイバーシティ&インクルージョン」の取り組みを全社的に推進している。同社では特にジェンダーバランス,障がい者雇用,ワークライフバランスの3点に注力している。

ジェンダーバランス

 アクサでは女性社員の育成を目的に,プロのカウンセラーによる女性のためのキャリアカウンセリングを行うとともに,管理職としてのポテンシャルのある女性を育成・支援する「スポンサーシッププログラム」を導入している。その成果が実りつつあり,2010年には7%だった女性管理職の割合が,2016年12月では17%まで上昇した。また2013年から女性の活躍推進に関する会社戦略の理解を深め,仕事へのモチベーションやキャリアへの意欲を高めるために,2013年より「女性会議」を開催している。この会議のスポンサーはなんと,財務のトップであるCFOである。この会議には男性社員も多く参加していて,しかもその姿が自然であることから,すでに理解が進んでいることがわかる。実際に,数だけでなく,女性管理職の一人一人が生き生きしているのが印象的である。

障がい者雇用

 アクサでは,身体や知的,精神などに様々な障がいのある社員125名(2017年1月時点)が在籍し,それぞれが持っている強みを生かして日々の業務を行っている。この取り組みが評価されて,2013年には「アジア太平洋ディサビリティーマターズアワード」において従業員部門賞を受賞するなど,当社の取り組みは障がい者雇用のロールモデルとして知られている。さらに,パラリンピックの正式種目にもなっている「ブラインドサッカー」のB1クラス日本代表選手が2名在籍しており,“競技を通じてさまざまな人が当たり前に混ざり合う社会を実現する”というブラインドサッカーの理念に共鳴し,2006年からブラインドサッカーの普及・認知向上活動を支援している。

 初めて出社した日のことである。エレベーターの中で,かわいい盲導犬を連れた女性に出会った。はじめはビジターかと思ったが,途中の階で降りたので社員だとわかった。後で聞いたところ,彼女はベテランの正社員で,英語力を生かしてバリバリ働いていると言う。

ワークライフバランス

 さて,アクサでは,「長時間労働」ではなく「生産性」や「機敏性」を重視した企業文化への変革をめざしており,その一環として2012年から男性社員の「育児休業」や「介護休業」を推奨し,育児中の社員を積極的に支援する会社としての認証を取得した。また「在宅勤務」を本格的に導入するなど,社員が働きやすい環境を整備している。これは制度上のことだが,実際に人事評価では一人一人の成果が問われ,長時間会社にいることが評価につながることはない。夏休みも長く,2週間まとめてとることも珍しくない。役員がいても,仕事がなければ秘書も堂々と退社するし,余計な神経を使っている様子はない。自分の時間を自分でコントロールしやすい環境にあるのではないだろうか。

トップのコミットメント

 そして,何よりもすごいと思うのは,繰り返し繰り返し,トップがダイバーシティの大切さをあらゆる機会を捉えて,話すことである。パリからグループのトップが来日したときも,女性だけを集めてのランチが開催されたし,グループのCEOは次期CEOは女性にしたい,とも公言している。日本のトップはその後,アメリカ人に変わったが,彼が主催した年頭のキックオフの大きな会合では,冒頭の挨拶をしたのは,あの盲導犬を連れた女性であった。女性であること,障がいがあること,それは日本の職場においては,マイノリティの存在である。トップのコミットメントが行動として示されると,それはメッセージとして人の心に響くものである。大変センシティビティの高い優れた行動ではないか。ちなみに,社外取締役というのもマイノリティであり,社外という名が示す通り,本来インクルージョンされるはずのない存在であるし,そういう役回りではある。しかし,役割としての「社外」ではあるが,そこに,私自身,ジェンダーとしての疎外感を感じたことはこれまでまったくない。

 「社外取締役はわが社の良心である。彼らがいる限り,会社は間違った方向に行くはずがない」。社長のこの言葉の中にも,真のダイバーシティ経営のあり方が示唆されているのではないかと思う。

関連記事

馬越恵美子

国際ビジネス

国内

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉