世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ政権の怪しい先行き
(桜美林大学 名誉教授)
2017.04.03
トランプ大統領の最優先課題であるオバマケアの撤廃とその代替法の制定が,3月24日,頓挫した。法案が議会で否決されたのではない。トランプ政権が票決前に法案を取り下げたのである。この結果,トランプ大統領が就任初日に署名した最初の大統領令が無に帰した。連邦地裁がイスラム圏の一部の国からの米国入国を一時禁止する新旧2本の大統領令を違憲として執行停止としたことに続く,トランプ政権の大失態である。
トランプ大統領は就任直後から矢継ぎ早に大統領令を出し続けている,という印象が強い。しかし,直近3代の大統領が出した大統領令の数を見ると,傑出して多いわけではない。1月20日から3月28日までの間に発出された大統領令(executive orders)の本数は,トランプ19本,オバマ18本,ブッシュ8本。大統領令と同等の効力を持つ大統領覚書(presidential memoranda)は,同期間にそれぞれ18本,23本,0本である。
大統領令と覚書を合わせた本数は,トランプ大統領37本,オバマ大統領41本で,オバマ大統領の方がやや多い。トランプ大統領の方が多いように見えるのは,オバマケア廃止,TPP離脱,難民・移民の入国禁止,原油パプラインの建設許可など,悉くオバマ大統領の実績をひっくり返す大統領令を出して,国民に強烈な印象を与えていることも影響している。仕事ぶりをアピールするためか,署名した大統領令をテレビカメラにかざして見せ付けてもいる。こんな幼稚な仕草をする大統領を筆者はこれまで見たことがない。
トランプ大統領は2月末頃まで「就任後の短期間に我々ほど多くの仕事をしている大統領はいない」とか,「トランプ政権はよく調整された機械のように動いている」と自慢していた。しかし,近年の大統領令で裁判所から違憲と判断されたり,関係法案が議会で成立しないといった例は,寡聞にして知らない。
ここで,オバマケア撤廃・代替法の制定が頓挫した経緯を簡単に見ておこう。この法案は,3月6日,ライアン下院議長が共和党案として発表した2017年米国医療保険法(American Health Care Act of 2017)である。なぜ下院議長がこの法案作成に関与したのか,現地紙を読んでもはっきりしないが,少なくともトランプ大統領が下院議長に法案作成を頼んだわけではないとみられる。プリーバス大統領首席補佐官とライアン下院議長が法案成立のための議会戦略を練っている過程で,共にウィスコンシン州出身で極めて親しい関係にあることから,下院議長が法案作成を引き受けたようだが,今回の失態の非難はプリーバス首席補佐官に集中していると伝えられている。
後にトランプ大統領は下院議長に法案作成を任せすぎたと後悔しているようだが,法案作成の過程で,ライアン議長がオバマケアの完全撤廃を求める超保守派のフリーダム・コーカスも含めて,共和党内で意見調整を図ったという報道は見当たらない。下院議長がオバマケアの一部を残した法案を発表すると,フリーダム・コーカスだけではなく,税額控除の変更などで無保険者が増え,高齢者の保険料が大幅に引き上げられる内容に,穏健派も反対した。
法案は当初23日(木)に下院本会議に掛けられる予定だったが,十分な支持が見込めないため,票決は翌24日に繰り下げられた。しかし,24日になっても反対派を切り崩せず,正午過ぎライアン下院議長はホワイトハウスに急行して,大統領に状況を報告。その後,下院議長は3時半に急遽非公開の共和党議員会合を開き,そこで法案取り下げの決定を伝えたという。法案取り下げの決定には,トランプ大統領にとって最初の重要法案が議会で否決されたとなれば,今後の議会対策に深刻な影響が出るとみたバノン大統領上席顧問兼首席戦略官の判断があったと3月25日付のニューヨーク・タイムズ電子版は報じている。なお,この間トランプ大統領に最も近い大統領上級顧問のクシュナー(大統領の娘婿)は,一家でコロラド州のアスペンにスキーに出掛けていて不在だったという。
トランプ大統領は24日の夜遅く,「我々は(今回のことから)多くのことを学んだ。(大統領に対する)忠誠心についても多くを学んだ」と記者たちに真面目に語っている。しかし,大統領は議会で法案を成立させるために,一体何を学んだのであろうか。今回の失態からトランプ大統領およびその補佐官らが真剣に教訓を学び取り,議会対策にこれを生かさなければ,次に待ち構える所得減税法案,国境調整税制を含む法人税減税法案,インフラ整備法案などの重要法案を成立させることは不可能である。
すでに政権発足から70日が経過した。政権発足から100日間に10法案の成立を見込んだ当初計画はすでに画餅に帰しつつあるが,議会の夏季休会前に減税法案を成立させるというムニューシン財務長官の意気込みが成功するか否かは,今回学んだ教訓がどう生かされるかに懸かっている。トランプ大統領が好意を寄せるウォールストリート・ジャーナル紙でさえ,3月21日付の社説で次のように厳しく大統領を批判しているのである。
「もっと真実に敬意を払わなければ,国民の多くがトランプ大統領も『にせもの大統領』(a fake President)だと考えるようになるだろう」。
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