世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.795

なぜ経済政策には効果がないのか

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2017.02.13

財政赤字で成長率低下

 拙著『ヨーロッパ経済とユーロ』第1章では,ヨーロッパ諸国では財政赤字が多い上位6カ国のGDP成長率は平均で1.6%,財政赤字が低い7カ国の成長率は3.1%であることをレポートしている。第15章では,マイナス金利政策は中央銀行の意図に反して景気の下支え効果がないことを示している。しかし,(少なくともケインズ的な)経済理論に従えば,財政政策や金融政策は景気を支えて失業問題を解決するはずである。理論と実態が乖離する時には,理論を修正する必要がある。それではどの部分に問題があるのだろうか。

 まず,財政政策から見ていこう。政府支出はGDPの恒等式の一部を占めており,政府支出の増加は,政府支出乗数の大きさにもよるがGDPを直接増加させる。資金調達を増税にすれば景気浮揚効果は減殺されるが,国債発行であれば減殺の効果を先延ばしできる。人々が将来の増税を予見して行動様式を変えると景気浮揚効果はさらに小さくなり,ゼロになることもあり得るが,この点は本稿では議論しない。

 問題は,政府支出が外生変数として扱われていることにある。現在の経済モデルでは,他の条件を一定のままに政府支出のみを増加できる。しかし,この仮定は非現実的だ。政府が何らかのプロジェクトを実施すれば,資金や人材は民間から政府に移動することになる。例えば,政府が成果の見られない研究プロジェクトに多額の資金と研究者を投入すれば,その分だけ民間の研究プロジェクトに参加する研究者が減ってしまう。政府がインフラ投資プロジェクトを進めれば,民間の建設プロジェクトに携わる職人は減ってしまう。政府支出の規模の決定は,政府と民間の間で資金や人材(資本と労働)の配分を決定することに他ならない。通常は,政府部門の方が民間部門よりも効率が劣るため,政府が支出の規模を膨らませれば膨らませるほど,経済成長率は低下する。世界恐慌のように大量の失業者が溢れ,資金が滞留している時期であれば配分の問題は考えなくてもよい。民間部門では資金や人材が生かされるプロジェクトがないからだ。しかし,リーマンショック時や現在は,このような特別な状況にはない。

金融緩和には限界がある

 金融危機に対応するため,各国の中央銀行は非伝統的な政策手段を導入した。金融市場の脆弱性は改善されたものの,中央銀行は景気の下支えを目的に異常な緩和政策を続けている。理論上は,名目金利の引き下げやインフレ期待の押し上げにより実質金利が低下すれば,企業の投資は増えるはずである。特に,実質金利がマイナスになれば,企業の資金調達は大幅に増えるはずである。

 この考え方にも問題がある。企業,特に上場企業は近年経営の効率化を求められている。経営者は,自社のROE(株主資本利益率)やROIC(投下資本利益率)を注視しており,資本効率が下がるようなプロジェクトには投資しない。経済学の理論は,実質金利がマイナス3%の時に投資収益率(内部収益率IRR)がマイナス2%のプロジェクトに投資する価値があると説いているが,そんな決断をする経営者はいないだろう。つまり,金融緩和にはある一定の閾値があり,それを下回る利下げには効果がない。日本の大手企業の中には,「投資の決定の際には金利は見ない」ところもあるという。プロジェクトの意義や見通しの方が重要だということだろう。マイナス金利政策で投資が増えないのは当然だといえる。一方で,住宅ローンや投機的な金融投資は金利が下がれば下がるほど増える傾向にある。金利水準の低下により,リスクの高い債券や不動産への投資が増えている。イールド(利回り)を追求するあまり,リスクを過小評価しており,今後,大きな問題となるだろう。

 中央銀行には誤った判断や決定を下しても,誤りを認めないという特徴がある。一度,過剰な緩和政策を採ってしまうと,誤りを認めない中央銀行は出口にスムーズに移行できず,金融危機のリスクをさらに高めることになる。誤りを認めないのは自らの信認に関わるからだと考えられているが,金融危機を引き起こせば信認を回復するのは非常に困難になる。

どのように対処するべきか

 経済政策の効果は複雑なマクロモデルによって検証されている。しかし,モデルに財政政策や金融政策の誤った効果がビルトインされていれば,何度推定をしても有用な結果は得られない。まずは経済モデルの修正が必要だろう。また,政府や中央銀行は誤った政策に固執せず,誤りを認めたうえで正しい政策にできるだけ早く移行すべきであり,それを促すような世論の形成も必要になる。さらに,我々も先入観にとらわれず,経済状況をつぶさに見ていく必要がある。外国の著名な経済学者による処方箋や英語で書かれた論文が必ずしも正しいわけではない。柔軟な思考や発想こそが最も必要だといえるだろう。

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