世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.794
世界経済評論IMPACT No.794

トランプ・アメリカと資本主義経済の改革(その1)

三輪晴治

(ベイサイト・ジャパン 代表取締役)

2017.02.13

トランプ大統領誕生

 2017年1月20日ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領に就任した。大半の人が予期していなかったことが起きた。歴史的にも異例の大統領就任式であり,その日にワシントンはもとより,世界各地でトランプに対する抗議デモが起こった。トランプは,就任以来,単独で出来る「大統領令」を続発して,これまでの仕組みを壊そうとしてる。私には,トランプは「うつけものの時代」の織田信長のように見える。だがトランプは本当のうつけものなのだろうか? 彼は信長のような改革者としての高邁なビジョンを持っているのだろうか?

 ここ20年,先進諸国を含めて,アメリカは,「長期経済停滞」に陥っている。19世紀末から20世紀の初めにかけて,アメリカは,これまでになかった「マスプロダクション技術」で次々と多くの産業のイノベーションを進め,「高度大衆消費経済社会」に変貌させ,20世紀の世界経済の発展をドライブしてきた。第二次世界大戦直後には世界のGDPの50%を占め,イギリス覇権国に代わり,アメリカが「世界の覇権国の座」に就くことになった。そして1920年から1980年頃まで,アメリカは,資本主義の歴史でも稀にみるダイナミックな「近代資本主義経済国」として産業が発展し国民大衆が栄えた「黄金時代」を築きあげた。アメリカは世界の憧れの国になった。

 しかし1980年ころからある一部の人たちにより,このままではアメリカ経済はおかしくなるとして,アメリカ資本主義福祉経済国家としての「構造・仕組み」が破壊されてきた。それにより富の資本側への一方的な移動が起こり,所得格差が大幅に悪化し,そのために生産された商品は売れなくなり,アメリカ経済は衰退していった。

 このように衰退してきたアメリカ経済の再発展のためにその仕組みを変えなければならないと,オバマも「チェンジ」を標榜して大統領になったが,残念ながら彼の8年間には何も起こらなかった。1980年以降一方的に富を獲得した既得権者の変化への抵抗は大変なものであったことが分かった。まともな論理ではアメリカ経済の悪化した硬直状態を変えることは極めて難しい。この中で世の中を変えるには,トランプがやっているような「うつけもの」のふりをして,大変化を起こさなければできないのかもしれない。このことは,日本においても同じ状況である。織田信長のようなものが現れなければならないのかもしれない。しかしトランプが本当にアメリカ経済を再び豊かにするのかは,今のところまったく見えていない。

アメリカ経済の台所

 アメリカは,そのGDPはまだ世界で最も大きい。しかも空洞化といわれながらも製造業の売り上げとしてはそんなに落ちていない。しかしその雇用はずっと減少してきている。一つにはその製造業でも,中国,日本,ドイツなど外国から,部品素材を購入しており,それが増大している。最も元気の良い企業のアップルでもiPhoneは日本,台湾をはじめ世界各地で加工,製造させており,アメリカでの雇用は少ない。シリコンバレーの製品は殆どハブレスで海外の企業の工場で生産されている。しかしアメリカで生産されている既存の商品でも,ここ十年価格競争が厳しくなり,ロボット,AI, IT技術で自動化を進め,雇用を削減してきている。これがアメリカの製造業の現状である。そのためにアメリカ国民中間層の所得は低く,アメリカ国民はアメリカの商品を買う十分な金を持っていない。これがアメリカ経済の衰退の本質である。

 さらに1975年頃からアメリカが仕掛けた「グローバリゼーション」で,多国籍企業は世界の一番安いところで税金を払い,一番安い労働を求めて工場を移し,あるいはアウトソースをして,アメリカ国民経済に反することが展開された。同時に金融資本で世界の富を収奪しようとしてきたが,それが自国の国民大衆の富を奪うことになり,アメリカ経済を錯乱してしまった。「1%が世界の99%を貧困にする」である。これをトランプが力ずくで変えよとして動いているのである。つまり所得格差,賃金格差,雇用減少はグローバル化とIT,AIなどの技術変化から起こっているということだ。これを考えて,これからの政策を進めなければならない。

 現在では,所得が低く商品を買えない国民大衆にサブプライムローンで金を貸して自動車,住宅,その他の商品を買わせている「架空需要」をつくりあげて,アメリカはなんとか現状を誤魔化している。つまりアメリカの巨大な消費国として収入以上の生活を支えるための資金提供をしているのが中国と日本である。

 このようなアメリカの経済の衰退で,覇権国として世界の民主主義を守り,世界の平和を維持する力と資金がなくなってきた。オバマも,アメリカは「世界の警察の役割り」を遂行できなくなったと本音を吐いた。アメリカは外国にコミットしすぎて,世界で戦争を巻き起こしてきたが,今や戦争はアメリカにとっても得にならないことが分かった。その意味で言えば,トランプが戦争から手を引くか,他国に肩代わりさせようとしているのは良く分かる。同時に,トランプがアメリカの雇用を拡大すると叫んでいるのは正しいし,アメリカ一国主義でなりふり構わず経済を強化しようとしているのは理解できる。しかし,今やろうとしてるトランプの動きが結果的に,アメリカ経済をさらに弱体化させてしまうのではないかと心配になる。(「その2」へ続く)

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article794.html)

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