世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.768

12月の雨

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2016.12.26

 このタイトルから荒井由実氏を思い浮かべた方はほぼ私と同世代です。1974年10月に発表されたアルバム「MISSLIM」に収録されている。松任谷由実(荒井由実)氏に加えて山下達郎氏を始め今ではビッグネームの方々が関わっていることはさておき,楽曲・編曲・コーラスが衝撃的であった,すなわち,今風に言えば破壊的イノベーションであった。「かぐや姫」「キャンディーズ」等のフォーク,歌謡曲の全盛時代,それ以外はクラシックを鑑賞するのが常識の中で,いずれのジャンルにも属さない(と評された)マイナーなアルバム「MISSLIM」は,進歩的日本人はフォークを歌うみたいな時代の下では酷評されたことを記憶している。

 多くの専門家の方々が評されているように,破壊的イノベーションは,主流からみて取る足らないものから始まりマーケティング調査に現れない。イノベーションは平時であることを前提として研究・解説されるが,非連続的技術革新は非常時に登場する。「MISSLIM」発売前後は2回の石油ショックがあり日米貿易摩擦の激化から「追いつき追い越せ」が通用しなくなる時期である。当時大学生だった筆者が授業で言われ続けたのは省エネである。本当にこれだけだった。それ程に石油ショックは日本の産業にとってどうしようもなく重たい課題を突きつけた。堺屋太一氏の『油断』が出版されたのもこの頃である。それまでの就職先が雲散霧消してしまい,理工系イコール製造業という図式が崩れ,大卒就職が厳しい時代だったのである。四大卒女子はさらに悲惨で就職は絶望的であった。逆に,ソニーのウオークマンを始めとした家電や自動車産業で革新的製品が登場した時代でもあった。もちろん,そこにつながる技術が蓄積されていたことは言うまでもない。

 その頃から研究開発の国プロは産学連携の「組合方式」が台頭してくる。この方式は通産省が昭和30年代に創設した形が他省庁にも広がり,法整備もされて現在も多くの国プロで採用されている。産官学結集で革新的技術の研究開発を目的とするが市場を大きく変えた例はなさそうである。理由は簡単で,テーマが現在進行系の事柄であり大手中堅企業と大学研究機関を糾合して組成するので,危機感はあるものの各自の機密を晒す事にためらいが生じて表面的な議論に陥るためである。石油コンビナート,ディスプレー,2次電池等,日本が負けそうになってから研究開発組合になった。各々の成果は目標に達した事になっているが,それならば,なぜ日本が負けてしまったのか説明して欲しいものである。破壊的イノベーションが必要であると言われるが,人間,そう簡単には破壊的になれない。今ある技術,ビジネスには生活がかかっているし,新しいことを考え出すのは骨が折れるし,結局,所属する組織を守ることが優先となり新しいものには手を付けない。70年代は,それまでの秩序がオイルショックで破壊した時代である。この大波を乗り切るために,この時期の破壊的イノベーションは各々の企業,研究者から生み出されている。NHKの「プロジェクトX」はその記念碑である。

 景気の浮き沈みはあるものの日本は世界第3位のGDPであり海外純資産も豊かである。70年代から現在までは生活を豊かにすることを目標に技術革新を進めてきたが,この目標は現在の豊かな生活の市場ニーズに繋がらなくなってしまった。国も傾注するIT/IoT技術は70年代の技術を土台にしたサービスの革新である。他方で,今,日本を取り巻く政治と安全保障は不安定になりつつあり,明日,北からミサイルが飛んで来ないとは誰も保証できない時代になった。これは危機的状況である,すなわち,再び日本から破壊的イノベーションが生み出される環境が生じてきた。ところが,某大学は軍事技術に関係する研究開発を一律に禁止してしまった。この教条主義をそのまま適用すると,自動運転やロボット技術の開発は軍事転用されるのでダメということになる。ガリレオが教会に罰せられた時代に逆戻りしたに等しいようなことが現代に起こるとは思ってもみなかった。技術の破壊的イノベーションの前に,日本人の意識の破壊的イノベーションが必要であることが求められている。こういう危機意識を磨くために,日本のメディアが大好きな世界に通用しないPolitical Correctness的議論を止める時でもある。日本の破壊的イノベーションに「春よ,来い」(松任谷由実,1994年)。

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