世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.718

貿易救済措置は目的に即した適切な運用を

柴山千里

(小樽商科大学 教授)

2016.09.19

 世紀の変わり目をピークにして減少傾向にあった貿易救済措置とくにアンチダンピングの措置件数が,2011年以降ベースメタルや化学を中心に増加しつつある。その多くは,世界経済が減速する中で,過剰設備投資に伴い超過供給に陥っている中国製品が対象である。また,2015年からはインド,ベトナム,南アフリカなどによる鉄鋼製品に対するセーフガードの調査・発動が相次いでいる。これらの国によるセーフガード発動の目的も,同様に中国製品から国内産業を保護するためと言われている。この一連のセーフガードには,問題があると言わざるをえない。

 自由貿易を目指しているGATT・WTO体制であるが,関税引き上げをしても良いという貿易救済措置の規定が設けられている。急速な自由化に対して国内産業調整が遅れをとり重大な損害が発生した時,一時的に貿易制限をしても良いという規定がセーフガードである。また,ダンピングや政府による補助金付きの輸出により輸入国産業が損害を受けるかその恐れのある場合には,輸入国は一定期間関税を引き上げても良いという規定が,アンチダンピングと補助金相殺関税である。これら3つの規定は,輸入国の国内産業を守るために貿易制限をするという意味では同じであるが,それぞれ目的が違うことに注意して欲しい。

 セーフガードは,輸入国に問題があるために発動される。自由貿易に向かうことにより,輸入国は比較優位に基づいた産業構造に変化してゆく。すなわち,比較劣位産業が衰退し,人や資本が比較優位産業に移動してゆく。しかし,この構造変化に時間がかかり,大規模な摩擦的失業などが発生する場合は,非効率な状況をもたらし人々に痛みを強いることになる。これを避け,変化を緩やかにスムースに行うための時間稼ぎがセーフガードの目的である。

 他方,アンチダンピングや補助金相殺関税は,輸出国や輸出国企業に問題があるために措置される。輸出補助金は,輸出品に偽りの優位性を作り出す。したがって,目的は,補助金を相殺する課税により本来あるべき価格にして輸入国の国内産業を守り,経済を歪める補助金を取りやめるインセンティブを輸出国に与えることである。

 アンチダンピングは,WTOの条文の中において輸入国産業に損害を与えるかその恐れのあるダンピングは「非難されるべきもの」と書かれているように,ダンピングをする輸出企業が問題視される。そして,関税は,ダンピングが解消されるような課税により価格を調整することで輸入国の産業を保護し,輸出国企業にダンピングを止めるインセンティブを与えるのである。

 このように目的が異なることから,課税の対象も異なっている。セーフガードは全ての輸入に対して,補助金相殺関税は輸出補助金を与えた国からの輸入に対して,アンチダンピングはダンピングをした企業が属する国からの輸入だが,その中でダンピングをしなかったと認定された企業は除外される。

 では,貿易救済措置は目的に即して適切に運用されているのだろうか。

 最初にふれたように,近年の貿易救済措置の増大は,中国を原因としている。中国は,内需が減速する中で高い経済成長を維持するために2006年以降GDPに占める総固定資本形成の割合を著しく増大させていたが,景気減速に伴い鉄鋼や化学を筆頭に過剰供給に陥り,値崩れを起こした商品を大量に海外に輸出している。中国政府はこの事態を問題視し,構造調整を進めているが,まだ道半ばである。このことから,一時的に中国に対するアンチダンピング措置が増大するのはやむをえないとも言える。

 では,2015年以降相次いでいるセーフガード措置はどうか。目的は,中国製品の流入から国内産業を守るためである。セーフガードが本来目指している比較優位に基づく国内産業調整を行うためではない。しかし,セーフガードを用いることにより,問題を抱えていない他の輸出国の企業の製品までも排除されることになる。これでは世界経済に歪みをもたらしてしまう。

 国内産業保護を目的としているのは同じであるから,どの貿易救済措置を選んでも良いというわけではない。申請する産業も,認定する政府も,本来の目的に即した貿易救済措置を採るべきである。一方で,不適切な発動により被害を受けた場合は,WTOの紛争処理手続に提訴することも含め,濫用を改めるように強く要求することが求められよう。

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