世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.647
世界経済評論IMPACT No.647

なぜ日本は豪州への潜水艦売り込みに敗れたのか:原潜保有への可能性を選んだ豪州

矢野義昭

(岐阜女子大学 特別客員教授)

2016.05.30

 豪への潜水艦輸出の受注で,日本はフランスに敗れた。その原因として,フランス製は将来,原子力潜水艦に発展させられる可能性があったのに対し,日本製は原子力ではない通常動力型であったこと,提示した価格がフランスが格安であったことが挙げられている。日本には艦艇に搭載できる小型原子炉の技術はない。「むつ」の放射能漏えい事件が問題になり,実際はそれほどの汚染度ではなかったにもかかわらず,船舶用の原子炉の開発は止まってしまった。

 原潜は,日本政府が認可し,関係企業が全力を挙げて開発すれば,数年で開発は不可能ではないともみられている。しかし,福島第一原発の事故以来,日本では放射能汚染が過剰に喧伝され,恐怖心や不信感が先に立ち,冷静かつ合理的なデータや理論に基づく議論がなされなくなっている。新型の原子炉の開発も止まったままである。船舶用の原子炉の開発など,現状では困難であろう。

 しかし,水中での速度,航続距離などの面で,通常動力型の潜水艦は,飛躍的に性能が向上したと言っても,限界がある。やはり,豪州として,将来の海軍力の発展を考えた場合,原子力潜水艦に発展する可能性を秘めた,フランス製の潜水艦の導入に踏み切ったのは,合理的な選択と言えるであろう。特に,南シナ海が中国の海と化し,米空母も自由に行動できない状況になれば,豪州は中国の潜水艦に対する潜水艦作戦の第一線に立つことになる。中国は原子力潜水艦も保有しており,その能力に対抗するには将来,豪州も原子力潜水艦の保有が必要になるかもしれない。

 また豪州は,フランス製潜水艦の導入により,原子力潜水艦に関する運用や補修整備の経験,ノウハウも部分的に取り入れることができるようになるであろう。米国は現在,原子力潜水艦しか保有していない。このことは米国にとり一つの弱点とも言えるが,半面,米国と他国との共同行動を考えると,同じ原子力潜水艦を保有している国の方が,性能などが類似し,統一運用が容易である。

 豪州が原子力潜水艦に発展する可能性のある技術を入手するとすれば,将来は原潜を保有し,それに核弾道ミサイルを搭載する可能性もないわけではない。英国は自国が開発した核弾頭を米国製の弾道ミサイルに載せ,それを自国製の原潜に搭載して運用している。豪州は,英国に倣い,そのような米国との共同核抑止態勢に移ることを見越しているのかもしれない。

 すなわち,英国の原潜の核戦力は,米国の核作戦計画の中に取り込まれており,万一発射された場合,ミサイルだけでは英国が発射したのか米国が発射したのかわからない。そのため,自動的に米英は相手国が起こした核戦争に巻き込まれることになる。それだけ,米英の同盟関係は強固と言える。他方で,英国首相は独自の指揮統制系統を持ち,自国の核戦力の引き金を引くことができる。英国の核戦力は,米国の核戦略に完全に組み込まれているわけではなく,自主独立性を維持している。豪州も将来,英国に近い核抑止体制になることを望んでいるのかもしれない。米豪の同盟関係は,米英並みの強固な相互信頼関係により結ばれることになる。

 しかし,それ以上に豪洲にとり可能性のあるのは,フランス製の潜水艦を受け入れることにより,今後,米英仏などの原潜の入港や補修,あるいは共同訓練の実施などがより円滑に行われるようになることである。今後,南シナ海からベンガル湾にかけての米中の潜水艦戦力のしのぎ合いは激しさを増すことは避けられない。その際に,豪州海軍の役割はインド海軍とともに,ますます重要になる。その意味で,米英などの原潜の受け入れ能力を向上させることは,直接の抑止力につながる。

 さらに,インド海軍はすでに原子力潜水艦を開発しているが,豪州もこれに対応して原子力潜水艦を保有しなければ,インド海軍と米海軍の共同が先行し,豪州海軍の役割が従属的な地位に陥るおそれもある。南太平洋での地域的覇権を握っている豪州としては,ベンガル湾も国土の西部と接する戦略的に重要な海域であり,インド海軍の進出には気を許していないであろう。その意味でも,豪州にとり原潜は必要になるとも言える。

 翻って日本はどうであろうか。日本には潜在的な技術力はあるが,反核世論が根強い中,原潜を持つ道は程遠い。その間に,インド,豪州に続き,南北朝鮮も原潜とそれに搭載した弾道ミサイルを保有するようになるかもしれない。北朝鮮は潜水艦から弾道ミサイルを発射する実験を繰り返しており,韓国は国産の大型潜水艦とそれに搭載する弾道ミサイルを開発している。日本の周辺とインド洋に至るシーレーンを守る海軍力は,米第7艦隊だけではなくなっている。その間隙を埋めるように,印豪などの海軍国が台頭しつつある。他方で,日本の中東原油への依存度は,原発の再稼働が遅延していることもあり,ますます高まっている。日本も弾道ミサイル搭載型の原潜の保有を真剣に考えるべき時に来ている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article647.html)

関連記事

矢野義昭

最新のコラム