世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.605

日本企業の新興国事業とのつきあい方

山本崇雄

(神奈川大学 准教授)

2016.03.07

 2015年度も残り1ヶ月を切る時期となり,日本の上場企業の今年度3月期決算の見通しが明らかとなってきた。日本経済新聞によれば,連結経常利益は2期連続で最高益を更新する見通しだが,内需型企業(海外売上高が10%未満の企業)と海外売上高10%以上の企業の連結経常利益を比較すると,前者が7%増益に対し,後者は0.1%の減益見通しとのことである(1)。

 個別企業の決算見通しをみても,海外市場,特に新興国市場での景況悪化により,減損処理や下方修正を行う企業が目立っている。世界経済の牽引役と呼ばれたBRICS諸国も見る影はなく,中国の景気減速と資源安双方に見舞われたブラジルに至っては2年連続の大幅なマイナス成長が見込まれる事態となっている。海外の天然資源の権益や新興国企業に出資する日本企業が相次いで減損処理や下方修正を行ったことで,日本企業全体の経常利益を押し下げる結果となっているといえよう。

 さらに,来年度(2016年度)の世界経済やそれをとりまく環境を鳥瞰しても,きわめて不透明感が強い様相を呈している。資源相場におけるさらなる先安懸念,日欧の中央銀行によるマイナス金利導入の動向,米国大統領選挙の行方(TPP協定の米国議会承認も含む),欧州を分裂させる移民問題と英国のEU離脱の可能性,中国,ロシア,ブラジルをはじめとする新興国政権の信頼性への懸念など,将来の見通しが不透明な課題は枚挙にいとまがない。

 今後,新興国市場に展開する日本企業は,こうした世界経済環境のボラタイルな状況を受けて,中長期的な新興国戦略の見直しを迫られざるを得ないであろう。しかし,これまで積極的に新興国ビジネスを展開・構築してきた姿勢からトーンダウンしてしまうのではなく,むしろこの時期だからこそ,新興国ビジネスに好機を探すスタンスが求められるのではないかと考える。

 その際におけるポイントとして,以下の3点を挙げることとしたい。

 第1に,新興国事業の長期的志向の維持とそれを可能にする新興国事業向けの成果基準の確立・整備である。新興国事業で毎年コンスタントに収益を上げ続けることは極めて難しい。先進国事業と同じ成果基準では,市場環境のボラティリティの高さをクリアできず,即時撤退が決定されてしまうような事態もありうる。そこで,新興国事業向けの長期的な成果基準を見直すことが求められる。また,新興国で長期的に評価されるためには,会計的指標のみならず,社会的指標(社会的インパクト)の観点を取り入れる検討も必要であろう(2)。欧米企業では早々と新興国市場に見切りをつけて,事業撤退や縮小の戦略を採り始めたところも見受けられるが,こうした短期志向戦略とは一線を画し,差別化を図ることが重要と思われる。

 また日本企業は,こうした長期的志向の戦略を貫徹することによって,これまで構築してきた現地アクター(進出国の政府機関,提携パートナー,サプライヤー,研究機関など)とのネットワークや信頼関係の喪失を回避できる。もし仮にいったん撤退してしまうと,こうした現地アクターとの関係性を元通りにするのは相当の時間を要することとなり,得策ではないであろう。

 第2は,第1と関連するが,重点的な新興国事業を本社(親会社)が経営戦略上でよりはっきりと明確化させることである。日本企業の海外事業は進出国数,出資形態がますます拡大・複雑化する一方であり,海外子会社の形態も多様化してきている。そのため,本社があらゆる海外子会社をくまなく管理することは難しい状況になってきている。しかし,本社が重点的な海外子会社(事業)を戦略上明確化することで,その海外子会社に経営資源だけでなく「お墨付き(=正当性)」が与えられる。そうした重点的な海外子会社を多国籍企業グループ内で中核的な位置づけとして認識させ,新興国事業を牽引する役割とさせることが重要であろう。

 第3に,出資先の現地パートナーとのつきあい方である。「現地出資先と意思疎通が上手くいっていない」,「現地出資先のパワーが強すぎて,現地事業に思うようにコミットできない」といった声をしばしば耳にする。現地パートナーの選定が重要なのはもはや自明であるが,ここでも短期的な利益志向ではなく,日本企業の長期的視点のもつ戦略的意味を理解してくれるパートナー選びをすることが肝要である。今後,新興国経済がますます減速し,かつ為替が円高基調となった場合,日本企業が出資パートナーとして見直されることも出てこよう。そのように,潜在的に強い立場をとりうる場合こそが,新興国における出資パートナーを選ぶべき好機となると言えよう。

 最後に,日本企業は,ただ漫然と長期的志向の戦略を採り続け,あらゆる海外事業の損失を垂れ流しにしてもよいというわけでは決してない。しかし,新興国経済がこうした不透明な見通しであるからこそ,日本企業がもつ長期的視点の価値を見いだすことができる。そこでは,重点的な新興国事業を絞り,新興国事業における長期的視点の意味を戦略上より明確化させるという経営者の志向性がますます求められるのではないだろうか。

[注]
  • (1)「日本経済新聞」 朝刊 2016年2月16日。
  • (2)マーク・J・エプスタイン,クリスティ・ユーザス(2014)『社会的インパクトとは何か』,英治出版。

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