世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本の成長戦略は意欲形成から:意欲は感心・感銘から育つ
(東北大学大学院生命科学研究科 准教授)
2025.12.08
円安と物価高が止まらない。低経済成長が続く今の日本に必要なのは高市新政権による成長戦略だ。「失われた四十年」にならないよう人材を育てイノベーションを盛んにし,科学技術立国を取り戻すのだ。本稿では日本の力強い経済成長をもたらす方策を提案する。意欲あふれる学生を,意欲形成に焦点を当てた教育改革によって増やすのだ。
学生の意欲不足は昔から教員の悩みである。どうやって意欲づければいいのだろうか? 話を理系大学院の研究室から始めたい。一般に研究室というものは発見や発明(広い意味での発見や発明を含めて)を目指しているのだが,自ら発明や発見を成したいと思っている学生の割合は高くない。頑張っている学生も,就職・卒業することが目的であったり,学会発表や論文発表に漕ぎつけて経済的支援や奨学金免除を得る目的であったり,学位を得て有利にキャリア形成を進める目的であったりする。何か別の目的のための発明あるいは発見であるなら,それは間接的意欲である。翻って意欲的な研究者に話を聞くと,過去の偉大な発明・発見に触発されて「自分もいつか何か発見したい」という憧れにも似た直接的な意欲を持っている。
「自ら発明あるいは発見を成したい」と思う気持ちを直接的意欲として持つ場合と,発明・発見を間接的意欲として持つ場合では,人材の成長に大きく違いが現れる。例えば,学位取得が目的であるなら,学位が取れると確信したらそれ以上の努力をやめてしまうだろうし,授業は単位取得が目的となる。一方,いつか何か優れた発見をすることが目的であるなら,学位取得は通過点に過ぎなくなり,授業はこの目的に沿って役に立ちそうな知識を積極的に吸収する場になる。また発見が可能そうなあらゆる方向に興味が向くことになり,将来するはずの発明や発見を発表するために文章力や英語力,論文作成能力といった様々な能力を自発的に養っていくこととなる。つまり能力向上により本質的に重要な役割を果たすのは直接的意欲の方である。
上記の意欲的な研究者の例が示すように,偉大な発明や発見に感銘を受け,発明や発見に価値を見出すようになり「いつかは自分も」と意欲を持つようになる流れは,直接的な意欲形成の重要な道筋である。ここでは発明や発見を取り上げたが,社会課題の解決に対する感心・感銘体験でも良い。そういった過去のアチーブメント(達成)に対する感心・感銘体験があって初めて「発明や発見,社会課題の解決に価値がある」ということがしっかりと心の中に座る。さらにその価値観を下地にして,自分もいつか何か発見・発明あるいは社会課題の解決ができるかもしれないと思い始め,いずれ自ら成したいと思うようになる。アチーブメントを教えることで価値観を養い,さらには意欲形成に繋がることを期待するのである。
アチーブメントに感銘を受ける場合についてもう少し細かく見ていきたい。4つの感銘ポイントがあると思われる。(1)優れた発想,(2)様々な創意工夫,(3)不可能に思えることへの挑戦,(4)成し得たことが社会に与えた良い影響である。アチーブメントについて,それが成された時代背景を説明し,誰がどのような発想のもと,どのような創意工夫や難しい挑戦の果てに成したのか,それが人類の福祉にどのように貢献したのか。これらを一体的に教える(例として『発明発見100物語』を示す)。そうすれば直接的な意欲として発明・発見あるいは社会課題の解決を目指す人材が大いに増え,学びの質の向上によって能力が高まった人材が産官学に溢れ,イノベーションが続発して力強い経済成長が短期間で始まるはずである。
文部科学省による現在の意欲形成の取り組みはどうだろうか。上記の4つのポイントのうち,小学校の教科「道徳」で真理を探究して新しいものを生み出すことの価値を教えている。また高等学校の教科「科学と人間生活」では,自然に対する理解や科学技術の発展が人間生活に与えてきた影響と役割を教えたりすることで科学に対する興味・関心を高めることが試みられている。しかしながら上記のように感心・感銘体験を期待して4つのポイントを一体的に教える仕組みは未整備である。なお科学的成果に対する興味・関心を持つことと,自ら発明発見を成したい,科学的成果を得たいという意欲が生まれることの間には比較的大きなギャップがあることを指摘しておきたい。このギャップよりも,科学的成果に関する物語を知ることと,自らその物語を成したい(発明発見を成したい,科学的成果を得たい)という気持ちの芽生えのギャップの方が遥かに小さいであろう。
政府はイノベーション基本計画に「発明や発見,あるいは社会課題の解決に関連する発想,創意工夫,挑戦と社会に与えたインパクトを教え,意欲形成に努める」ことを盛り込むなどして,アチーブメントに基づく意欲形成を図るべきである。また社会全体で,例えば大学入試や就職採用面接で,アチーブメントモデルを問うように変わっていくことも重要である。
本稿では感心・感銘体験による意欲形成について述べた。この実現を賛同者を増やして図ることを目的の一つとする「日本の教育研究改革を求める会」のウェブサイトには,日本の成長につながるさらなる議論がある。ぜひご覧いただきたい。
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