世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4093
世界経済評論IMPACT No.4093

コミュニティ資本主義社会形成の前提

原 勲

(北星学園大学 名誉教授)

2025.11.24

 掲題のタイトルは,この一年ほどのあいだ,出版を前提に筆者が集中して執筆した論文(A5判,220ページ程度)のタイトルと同一である。これは未だ完全に満足すべき成果物ではないが,筆者はかなりの熱量を込めて取り組んだものである。本稿はこの論文の終章近くで論じた「市場資本主義論からコミュニティ資本主義への転換」を中心にした部分をアマルティア・セン,デニス・ガボールの理論をベースとしてまとめたものである。

第一の前提 市場資本主義の人間像

 アダム・スミスの描く「合理的な人間像」は,時代を超えて発展しながら進展する人間像を示した。この人間像に決定的な批判を加えた一人がノーベル賞経済学者アマルティア・センである。彼はその著「合理的な愚か者」の中で長期に権威を持ってきた経済学の人間像「合理的人間」に対し,自己愛から自身の効用を最大化するだけではない人間像が存在することを,論理と実証分析によって検証した。自己愛を全てとしない人間とは,他者への「共感」と「コミットメント」を持つ存在者のことをいう。共感とは他人が苦しい状態のとき自分も同じように悲しいと思う「心」であり,そのために自分に何が出来るかと「行動を起こそう」とする。「心」が共感で「行動を起こす」のがコミットメントである。自己愛以外の何物も持たない人間は,ある意味で「合理的」と呼ばれるかもしれないが,「人間の行動としては,選好,選択,利益,厚生,といった多様性を理解できない人間であり,「愚か者」である。純粋な経済人とは,社会的には愚か者に近いのに,これまでの経済理論は,そのような単一の万能かつ合理的な愚か者(national fool)に支配され続けてきたと述べる。経済学が人間を本当に理解する新しい学問として発展するには,社会学,文化人類学,哲学,生命科学などを統合した全体性を学問の体系に組み込む努力が必要であるという主張は,経済学を学ぶ上での極めて重要な指摘である。

第二の前提

 市場資本主義の人間像はニュートン力学の影響を受け,物理学の絶対法則を社会学的に適応したため,極めて固定的,機械論的に構成されている。古典物理学では実験によって過去も未来も同時的に把握できるので,これを経済学に適応すれば,需要と供給,景気予測は直ちに正確に把握できると考える。しかし,経済的取引は,一回限りのものではなく固定されたものではない。人間が関わっていく経済取引は連続的なものである。市場資本主義の拡大以前では例えば織物商は注文があってから製品を販売した。市場資本主義の拡大によって起業家は,生産が先行し,需要は投資回数や利益確保のために極めてリスクを負う社会になった。モノがあふれる社会に生活しながら,絶えざる消費の強制という不安を抱える事になるという人間像は,単純化した人間像である。市場で販売し,利益を売るためには,自分の内臓臓器さえ販売しようとする。これは人間性よりは,時代のシステムによって悪影響を受けた人間性,人間像である。以上のような人間像は,近代経済学の祖アダム・スミス批判でもある。

第三の前提

 経済学者以外で経済学に大きな影響力を与えた一人に,英国のノーベル物理学賞受賞者で「成熟社会―社会の文明の選択」を著したデニス・ガボールがいる。ガボールは「これまでの人間は自然と戦い続け,極端な貧困も克服した」とし,裸のサルを地球の主人公にしたが,その才能が,好戦的気風,国家の為に自らを犠牲にする等の社会的性質を生み出すようになった。人類に必要なのは「火は何故燃えるのか」,といったロビンソンクルーソー教育,つまり,知能指数だけではなく,倫理指数で評価する実務教育を世界に浸透させることである。この前提はほぼ半世紀程前に筆者が経済学を研究し始めようとしたときに学習したガボールの著作から得たものである。

 以上はミュニティ資本主義論の策定の趣旨と前提をなす考えを取りまとめてみたものである。尤も市場資本主義も極めて強大であるが,その理論的基盤は不完全であると考え,敢えてコミュニティ資本主義論を提示した。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4093.html)

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