世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4069
世界経済評論IMPACT No.4069

高市早苗の給与削減:損して得取る,権力ゲームの美学

立花 聡

(エリス・コンサルティング 代表)

2025.11.10

 高市首相は「身を切る改革」の見本として,自らの給料を月115万円カットした。彼女の収入,資産をベースに,政治的利益・派生経済的利益を加味したROI(投資対効果)評価をしてみたい。結論からいうと,給与削減方針は,金銭的に見れば損だが,政治的には極めて得になる「高リターン型の象徴投資」である。

 まず,現実的な損益から見ると,高市氏の年間所得はおよそ2,400万円前後。今回削減対象となるのは首相給与の上乗せ部分,月115万円で,年間にして約1,380万円の減額となる。つまり収入の半分以上を削る計算だ。経済的には明確なマイナスであり,私的消費や活動資金には一定の痛手となる。もっとも,高市氏の資産は少なくとも数千万円規模とみられ,生活に支障をきたすレベルではない(高市氏の収入・資産はAIの試算に基づく)。痛みは象徴的な範囲にとどまる。しかし,政治的効果は絶大だ。

 第一に,「身を切る改革」という維新の看板スローガンを自ら実践することで,連立政権の理念的一体感を演出できる。

 第二に,「清廉」,「自らに厳しい政治家」というイメージを国民に強く印象づけ,ポピュリズム世論への訴求力を高める。

 第三に,既得権構造に依存する古い政治家たちに対し,自身を改革側に位置づけることで,党内の主導権争いにおける優位性を得る。

 そして第四に,単純な大衆心理への“視覚効果”が圧倒的に大きい。月115万円という金額は,平均的なサラリーマンの月収の約3倍にあたり,多くの国民にとって「非日常的な大金」である。この数字が削られるという事実そのものが,政策の中身を超えて「覚悟」,「誠実さ」,「格の違い」として直感的に伝わる。政治に無関心な層にも届く,最も強力なパフォーマンス効果だ。

 さらに長期的には,この決断が「清貧の改革者」というブランドを形成し,政治的資産として蓄積される。将来の党総裁選や再登板の際には,圧倒的な信頼と象徴性をもたらすだろう。

 給与の削減で失う1,000万円強の金銭よりも,ブランドとしての政治的リターンは数倍から十倍にも匹敵する。講演,出版,顧問職などの派生収入を考えれば,金銭的にも中長期では十分に回収可能だ。

 結論として,高市氏の給与削減は「財務的には赤字,政治的には超過利益」である。見た目には損をしているようでいて,実際には政治的信用・支持率・象徴資本という形で莫大な価値を獲得している。彼女が本当に「身を切る覚悟」を示したのは,財布ではなく,権力ゲームの舞台である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4069.html)

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