世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3979
世界経済評論IMPACT No.3979

米国財政の行方に漂う暗雲

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.09.08

高率の関税賦課で間接税収入が増大

 輸入関税は間接税の一種であり,高率のトランプ関税の賦課により,米国GDP統計ベースの一般政府(連邦・州・地方政府と社会保障基金の合計)間接税収入のGDP比は,2025年1-3月期の6.8%から4-6月期には7.4%に上昇しました。資本移転分を除く歳入のGDP比は同時期に27.8%から28.4%に上昇しており,関税収入が歳入増に貢献したことがうかがわれます。

 一方,歳入の中で最大の項目である個人所得税のGDP比は,コロナ禍前の2019年10-12月期には10.1%であったものが,コロナ禍後の景気回復とインフレによって2022年4-6月期には12.8%まで上昇しました。しかし,バイデン政権下で行われた税率区分の変更が実質的には大幅減税となったことから急低下し,2023年1-3月期には10.4%と,コロナ禍前に近い水準となりました。その後は概ね横這いとなり,2025年4-6月期には10.7%でした。今年7月に実現した税制改革の主な内容は,第一次トランプ政権のもとで2017年に決定された所得税減税が2025年末で失効する所であったものを恒久化させるものです。したがって,個人所得税のGDP比は,来年以降も現在の水準から大きく変わらないことが予想されます。

小さな政府実現に失敗してきた共和党政権

 1981年に始まったレーガン政権以来の各政権ごとに一般政府の資本移転分を除く歳出のGDP比の推移を見ると,クリントン民主党政権の場合は政権発足時の1993年1-3月期の35.4%から政権末期の2000年10-12月期には30.7%まで低下しました。オバマ民主党政権時も2009年1-3月期の36.7%から2016年10-12月期には33.7%に低下しました。一方,レーガン共和党政権時には1981年1-3月期の32.7%から1988年10-12月期には33.5%とやや上昇し,それに続くブッシュ(父)共和党政権の終了時の1992年10-12月期にはさらに35.6%まで上昇しました。ブッシュ(子)共和党政権の時も2001年1-3月期の31.3%から2008年10-12月期に35.3%まで上昇しました。第一次トランプ政権の場合は2017年1-3月期の33.6%から2020年10-12月期には38.7%まで上昇しました。歴代の共和党政権は小さな政府を標ぼうすることが多かったものの,実際には政府歳出規模の抑制に失敗してきたと言えます。

 トランプ政権はDOGE(政府効率化省)を設置するなどして政府機関の人員や経費を削減しようとしてきました。ただ,一般政府歳出の中で最大の項目である社会保障給付のGDP比は,2024年10-12月期の15.1%から2025年1-3月期には15.4%,4-6月期には15.7%へと上昇しています。歳出項目の中で二番目に大きい政府支出のGDP比は,同時期に13.4%,13.5%,13.3%とほぼ横ばいに留まっており,DOGEによる経費削減効果はトランプ政権が喧伝するほど大きくはないようです。米国も高齢化が進んでおり,大胆な制度改革がなければ社会保障給付のGDP比は中長期的に上昇することが予想されます。第二次トランプ政権も小さな政府を実現することはできないでしょう。

プラスのGDPギャップ下で大幅な財政赤字

 先に述べた関税賦課による歳入増などを受けて,一般政府の資本移転分を除く財政収支のGDP比は,2024年7-9月期の−7.7%から2025年4-6月期には−6.9%へと赤字幅が縮小しました。ただ,議会予算局が推計する潜在GDPをもとにGDPギャップを算出すると,2025年4-6月期は+1.4%と需要超過状態にあり,足元の景気が依然堅調なことがうかがわれます。そうした中で,財政赤字がGDP比7%前後であるのは,かなり大幅な赤字と言えます。ここから景気が悪化すれば,税収が減退するなどして財政赤字幅は一段と拡大するでしょう。FRBが発表する金融勘定によれば,政府債務残高のGDP比はコロナ禍前の2019年10-12月期101.1%から2025年1-3月期には117.4%まで上昇しました。過去も景気が悪化するたびに政府債務残高のGDP比は階段状に上昇しています。今回も同様の動きになりそうです。

 政府債務残高が累増する中,景気が悪化した時に財政刺激策を打つ余地は縮小し,景気を下支えするには金融緩和に頼らざるを得ません。トランプ政権がFRBに対して利下げ圧力を強めているのも,財政状況の悪化に対する危機感の裏返しと考えられます。ただ,インフレ率が十分に下がらないうちに利下げを急げば,米ドルに対する信認が崩れて大幅な米ドル安が生じ,米国債利回りは逆に上昇して政府の利払い負担が増大し,財政悪化に拍車がかかる可能性もあります。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3979.html)

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