世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3978
世界経済評論IMPACT No.3978

タイがフン・セン上院議長の逮捕を検討:プームタム暫定首相が国家安全保障会議に指示

鈴木亨尚

(元亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2025.09.01

 8月5日,タイ政府は,カンボジアが武力を行使し,タイの主権を侵害し,タイの一般市民と軍人の生命と財産に重大な損失を与えたことに対し,法的措置をとることを閣議決定した。そして,関係部局,特に,国家安全保障会議(NSC)が中心となり,陸軍,内務省,保健省,法制委員会事務局などと調整して,国内法と国際法に基づく,刑事・民事双方の裁判を開始するために,書類の起草を準備するよう指示した。

 この時期は,7月28日の停戦協定と8月7日の一般国境委員会(GBC)合意の狭間で,全体として,和平への期待が高まっていた。これが主な理由だと思われるが,タイでも,カンボジアでも,日本でも,この決定はメディアでほとんど取り上げられることはなかった。また,カンボジアのフン・セン上院議長(前首相)の反応もなかった。

 事態が変化したのは,8月18日にNSCが開催されたことによる。会議後の記者会見で,プームタムは,NSCが警察と検事総長に対し,カンボジアの指導者を,タイの裁判所で,刑事と民事で裁判にかけるよう決議したことを明らかにした。プームタムは,「指導者を含めたカンボジアを裁判にかける準備をしている」と述べ,フン・センとその息子のフン・マナエト首相の起訴を決定したと明らかにした。そして,プームタムは,「もし彼らがタイに入れば,彼らは直ちに逮捕されるだろう」と述べた(注1)。

 この時,タイやカンボジアの体表的なメディアはこの件を報じた。そして,フン・センもこれに反応した。8月19日,フン・センは,政府の公式ページで,まず,プームタムの名前を明示しないことにより,その正当性を完全に否定したうえで,タイの暫定首相の任期が終了に近づいていると書いている。これは,タイの憲法裁判所が29日にペートンターン首相の解職の是非に関し判断を示すことをさしているものと思われる。そのうえで,フン・センは,プームタムが「慣習法や外交儀礼に対する理解を欠いた無謀な人物だということを新聞記事は明らかにしており,慣習法は侵略者に侵害されている」いると述べている。さらに,フン・センは,「もしタイがカンボジアの指導者を逮捕するという見解ならば,カンボジアは,同様に,カンボジアを侵略し,カンボジア市民を殺害した何人かのタイの指導者を逮捕し得る」と書いている。そして,最後に,「これは信頼を構築し,よりよい関係になるための取り組みなのか,それとも,停戦協定後に紛争を再燃させる挑発行動なのか」と疑問を投げかけている(注2)。

 このタイ政府の計画は,カンボジアからだけでなく,タイ国内からも批判された。たとえば,ジャーナリストのプラビット・ロジャナプルックは,「フン・センとフン・マナエトに対する逮捕状の発出計画に強く反対する」,「これはタイのウルトラナショナリストを喜ばせるかもしれないが,両国が平和的な解決を見出すことをより困難にするだけだ。あなた(プームタム)は本当に平和を望んでいるのか,それとも,再度の軍事衝突を望んでいるのか」,「タイが外国の指導者を逮捕することは不可能であり,国際的に受容されない」,「長期的にみて,タイの利益にならない」,「冷静になり,正気を取り戻し,両国の国境沿いの住民がずっと多くの苦難を経験する前に,この計画の撤回を公表せよ。私達は好戦的になる必要はない。そのような短視的な行為により苦難を経験するのは,あなたのような人々ではなく,国境沿いの一般市民と兵士だ」と書いている(注3)。

 なお,プームタムは,8月17日の記者会見で,タイにおけるフン・センの金融事案を調査するのかを問われ,「それは適宜検討が必要な事案である」として,少なくとも,政府の関心事項であることを明確にした。これはフン・センの家族がオンライン詐欺の利益の一部を得ているとされる疑惑である(注4)。

次回GBCは9月8~10日にカンボジアで開催される。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3978.html)

関連記事

鈴木亨尚

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉