世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3976
世界経済評論IMPACT No.3976

対インド追加関税50%のインパクト

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 教授)

2025.08.25

 トランプ政権は,8月27日から,インドに対して計50%の追加関税の賦課を開始した。8月7日から適用開始された相互関税25%に加えて,ロシアからの原油輸入に対する制裁として追加関税25%が賦課されたものだ。インドに対する追加関税は,経済・外交にどのようなインパクトをもたらすのかそのポイントを検証する。

相互関税を含めて50%の追加関税の意味

 トランプ政権は,8月7日から69カ国(交渉中の中国は除く)に対して,国別相互関税の適用を開始し,インドに対しては共通相互関税10%を含め,25%を適用していた。さらに,インドがロシアから原油輸入を行っていることを理由に,8月27日から追加関税25%を適用し,適用除外品目を除き,50%の関税がMFN(最恵国待遇)関税に追加されている。

 50%という水準は,①国別相互関税率の適用国ではブラジルと並び最も高い関税率であること,②東南アジア主要国(インドネシア,フィリピン,タイ,マレーシア,ベトナム)に対する相互関税率が19~20%である中,米国市場でこれら諸国と競合する製品で大きく不利化すること,③現在の中国に対する追加関税(薬物流入対策を理由とした20%,共通相互関税10%,一部品目には第1次トランプ政権時代に米国通商法301条に基づく主として25~7.5%程度の追加関税)と同水準もしくは品目によっては上回る水準となることを意味する。

 なお,中国に対する相互関税は,当初,34%に設定されたが,現在はその内の共通相互関税(10%)のみが適用され,残りの24%については,その適用が11月10日まで延期されている。

インドにとって逆回転する貿易転換効果

 インドに対して,現段階で中国と同水準,かつ東南アジア主要国よりも30%程度も上回る水準の関税が賦課されることは,適用品目については,インドに対して負の貿易転換効果がもたらされることとなろう。第1次トランプ政権の対中国追加関税は,中国の対米国輸出を代替する形で,繊維・縫製品など一部品目でインドに正の貿易転換効果をもたらしたと考えられるが,現在の状態が続けば,インドから東南アジア諸国等に対して負の貿易転換効果が生じることが見込まれる。

現段階ではスマートフォンには影響はないが

 一方,インドから対米国への輸出拡大が続くスマートフォン(HS851713)については,現段階では影響はないとみられる。相互関税,ロシア原油輸入を理由とした追加関税ともに,適用除外品目(4月2日付大統領令・附属書Ⅱ,4月11日付大統領令,8月6日付大統領令)が設定され,スマートフォンは非課税扱いとなっているとみられるためだ。一方,中国製のスマートフォンには,薬物流入を理由とした20%の追加関税が賦課されている。

 トランプ2.0による中国への追加関税によって,米国向けのiPhoneの製造委託が中国からインドにシフトする可能性が報じられ,インドのスマートフォン産業集積の後押しになるとみられてきた。実際に,Tata ElectronicsなどがインドでiPhoneの製造を開始していることが伝えられている。

 よって,現段階ではロシア産原油輸入を理由とした追加関税が,インドのスマートフォンの対米輸出に影響を及ぼす状況にはないだろう。但し,不確実性の高いトランプ政権が,いつインド産スマートフォンに追加関税を課すかは全く予見不可能である。

中印関係への影響は?

 懸念されるのは,米印関係と中印関係への影響である。ロシア産原油輸入を理由とした追加関税の決定に対して,当初,インド外務省は,“unfair, unjustified and unreasonable”と強く批判する声明を発した。

 インドにとって,国内の石油小売価格は,政治的に極めてセンシテイブなものであり,2022年以降,割安なロシア産原油への依存を深めてきた。外務省の前述の声明では,ロシア産原油輸入は「14億人のエネルギー安全保障」のためであるとしているが,国内の石油製品価格を抑えるために必要な措置であると言外に主張してようにも聞こえる。ただ,インドの原油輸入に占めるロシア産原油の比率は4割程度に達しており,全ての切り替えは短期的には容易ではないが,近年は,原油価格が安定化しつつあり,ロシア産以外の原油調達を増やす余地はインド側にあると考えられる。

 トランプ2.0により,高関税を課されているインドと中国は,外交面で関係改善を図るインセンテイブが働く。また,2020年のガルワン渓谷での両軍衝突により,両国関係は冷却化していたが,2024年以降,改善がみられ,ハイレベルでの対話が行われている状況にもある。

 しかし,両国の間には未確定の国境問題という構造的問題が存在することに変化はなく,両国の外交関係が根本的に改善することは見込めないだろう。一方,経済分野では,双方の利害が一致しやすい分野をみつけやすいかもしれない。中国側にはレアアースのカードがある。一方,インドでは,中国に対する外資規制の取り扱いを今後どうするかが注目されるところだ。2020年以降,インドは,中国からの対内直接投資に対しては全ての投資を個別認可の対象としており,これまでBYDなどの直接投資に対し認可しなかったとの報道もみられている。一方,2024年度のエコノミック・サーベイでは,中国からの直接投資について,インドが世界のサプライチェーンに参画する上で重要な役割を果たすと記載するなど,政府内で中国投資の受け入れ促進を検討していることが示唆されている。製造業振興を掲げるモデイ政権にとり,中国からの直接投資が同振興に寄与するとの考えが出てきても不思議ではない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3976.html)

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