世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3934
世界経済評論IMPACT No.3934

トランプ関税時代の日本の課題

清川佑二

(元 日中産学官交流機構 理事長)

2025.08.11

トランプ関税は恒常化する

 トランプ大統領は,ケネディ・ラウンドなどで世界が数十年かけて作った合意を無視して,米国の関税率を国別に一方的に決めるという乱暴な行動をとった。7月23日,トランプ氏は日本からの輸入の関税率を自動車も含めて15%で合意し(発表に齟齬はあったが),その後EUについても15%で合意した。日本とEUの2大経済圏と決着したことで,大勢が決まった。8月1日には,中国,インド,ブラジル,カナダなどを除く国別の関税率もだいたい明らかになった。関税増の収入は今年前半で872億ドル(約13兆円)と報道され,甘い財源を得た米国民は,大統領が変わっても高関税を手放さず恒常化すると思われる。

米中の関税交渉は長期化する

 習近平国家主席は2019年にトランプ政権との貿易交渉が決裂して以来,毛沢東の「持久戦」戦略に倣って,対抗はしないが核心利益は譲歩しないという21文字方針で取り組んでいる。長征出発の地に参拝して長期の「包囲や封鎖戦」に耐える決意を広く示し,双循環戦略で自給自足を進め,内需振興と構造改革および供給網の強靭化に力を入れ,国内の統制を著しく強化して対決に備えてきた。さらに中国は米国と対等の大国と自負していて,「対中関税を撤廃すべきだ」と突き返し,ジュネーブ交渉では米国を大きく譲歩させた。他方,米国は2024年は3,600億ドルもの対中貿易赤字で,日本・EU並みの条件では満足できそうもなく,米中の交渉は長引くことが予想される。

 中国は経済悪化と米国への輸出減を補うために,米国以外への輸出を強化している。今年上期の米国への輸出は10.9%減少したが,これをASEAN輸出13.0%増,EU輸出6.6%増などで埋め合わせて,輸出主導成長を続けている。巨大中国が輸出依存に進めば,摩擦は避けられない。フォン・デア・ライエンEU委員長は7月の中国との首脳会談で,昨年の3,500億ドル以上の大規模な対中貿易不均衡や,ウクライナ戦争における中国のロシア支援に警告を発した。

トランプ関税に翻弄されない工夫

 トランプ関税は恒常化するであろうが,これに翻弄されないために日本と日本企業には次の3点が課題となっている。

1)中国の過剰生産問題に取り組む必要がある。EU・中国首脳会談で,EU側は特に鉄鋼,ソーラーパネル,電気自動車(EV),バッテリーなどの戦略的分野で「競合他社を一掃するために,安価で補助金付きの商品を世界市場に氾濫させている」とし,中国が生産補助から国内消費への支援策を増やす方向性を求めた。これらは米国でも敏感な問題になっているが,日本でも鉄鋼,化学品などで中国の過剰生産問題に直面していて,かつての鉄鋼過剰問題の事例のように中国を含む多国間の意見交換によって問題を解決することが必要になっている。中国の輸出主導成長の体質が根本にあることから,その是正も大きな課題である。

2)米・中の巨大市場への過度の依存を減らす一方で,自由貿易を強く推進する必要がある。自由貿易なくしては存立困難な日本は,米国の輸入超過型経済構造に起因する保護主義の動きと自己主張の強い中国への耐久力をもつ必要がある。そのため同志国と連携し,ASEAN主要国にはTPP加入を促し,EUおよびEFTA(欧州自由貿易連合)のTPP加盟を実現して大きな自由貿易圏を作り,米・中・TPPの「三大圏」で均衡と安定を高めることが期待される。

3)日本は,「子供を増やす」(日本国民の人口減少への対策)ことに国も企業も異次元の大きな努力を払う必要に迫られている。経済成長には国内消費,設備投資,純輸出が必要だが,設備投資の多くが米国に流れることになり,純輸出も減ることになった。唯一残る「国内消費」は最重要ファクターだが,人口減少に応じて減りかねない。とくに生産年齢人口(15-64歳)は2020年の7,509万人から,2035年には6,722万人へと787万人減少する。14歳までの年少人口は334万人減るから,合計で1,121万人減る(人口統計資料集2025)。消費旺盛な世代人口が1,100万人以上も減れば,日本経済は低迷に陥る。生産能力はロボット化,自動化で補完できるが,「消費」には寄与できない。すでに学校・病院の閉鎖,農村・地方都市の荒廃,中小企業の廃業,大企業の事業部門の中台企業への売却が著しく,10年後には技能をもつ高齢者も姿を消す。いま常識外れと思われるほどの措置を講じてでも子供を増やさなければ,10年後の日本は荒廃した老人中所得国になりかねず,いわば余命10年と言えそうだ。政治は目前の懸案を議論しているが,その多くは人口が大幅に減れば役にたたないかもしれない。なお欧米は移民と外国人労働者が増加して社会が荒廃した失敗の実例であり,前車(者)の轍(わだち)を踏まない賢い選択が必要である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3934.html)

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