世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
現代民主主義の全体主義化:毛沢東も真っ青な「文化大革命2.0」
(エリス・コンサルティング 代表)
2025.07.14
プーチンがこう語った――。
「現代社会では,価値観や意味づけをする空間は,激しい競争に晒されています。人の頭にいかに影響を及ぼすかをめぐり,激しい,アグレッシブな戦いが進行しています。伝統的な価値観は古臭い,廃れたと決めつけられる一方で,押しつけらているのが,いわゆるネオリベラリズム的価値観です。ところがこの実際の中身は,全体主義的なモデルなのです。しかもこれは,西側諸国の多くでしつこく導入されているだけではなく,積極的に全世界に輸出され,押し付けられている」
ナラティブから生まれる全体主義
値観や意味づけをする空間とは,単なる言葉のやり取りの場ではない。それは,「ナラティブ」の構築空間であり,何を善とし,何を悪と見なすか,その「基準」を形成する無形の戦場である。そしてこの戦場では,最も巧妙な武器は暴力ではなく,美辞麗句である。「自由」「人権」「民主主義」「多様性」といった正義の語彙は,最初から「反論しにくい言葉」として設計されている。だからこそ,それが一度「常識」として人々の思考に埋め込まれた瞬間,それに異議を唱える者は,道徳的に劣った者,社会不適合者として排除される。
このとき,ナラティブは単なる物語ではなく,思考と認識の枠組みそのものとなる。そしてその枠組みの外に出ようとする者は,言葉を持たない。なぜなら,彼らの語彙はすでに「旧時代的」「非人道的」とレッテルを貼られ,議論の対象から外されているからである。こうして,「唯一の正しさ」が生まれる。誰もが切っても切っても同じ主張を繰り返す。まるで金太郎飴のように,あらゆる表情が同一の「正解」に回収されていく。
だが,この状態こそが,全体主義である。銃剣によってではなく,正論によって支配される全体主義。伝統的な価値観はまず「時代遅れ」として退場させられ,新たな価値観が「進歩」や「啓蒙」の名の下に導入される。しかしそれは,多様性を謳いながら,実際には唯一のナラティブしか許さない。「多様性の名による画一性」こそ,最も洗練された支配形態なのである。
そして,この支配は見えにくい。なぜなら,誰もが「善意」でこれを信じ,疑うことが悪であると教えられてきたからだ。人々が「正しい言葉」しか使わなくなった社会,それは制度による自由ではなく,制度そのものが自由を定義してしまった世界である。
文化大革命のリブート
毛沢東が発動した文化大革命とは,表面的には「四旧(旧思想・旧文化・旧風俗・旧習慣)」を打破し,新しい社会を築くための運動であった。しかしその実態は,伝統を「敵」と定義し,過去を全面否定することで,唯一の正義を制度化するプロセスであった。
そして現代の西側社会,あるいは「ネオリベラル的価値観」を中核とする新しいナラティブ空間においても,極めてよく似た現象が起きている。ここでも「四旧」に該当するものがある――それは,旧来の性別観(ジェンダー二元論),伝統的家族像,国家主権の概念,宗教的・民族的価値観,こうしたものは,「差別的」「非科学的」「非合理的」「保守的」といったレッテルで排除され,新しい「正義」と入れ替えられる。その正義とは,自由,平等,ジェンダー平等,脱炭素,人権などで構成された「新時代の価値のパッケージ」である。
しかし,問題はその内容そのものではなく,排他性のあり方にある。それに異議を唱えれば,あなたは「差別主義者」「陰謀論者」「極右」とされ,言論の土俵にすら上がれない。まさに,文化大革命で紅衛兵たちが「反革命分子」「走資派」と決めつけた者に対し行った糾弾と同じ構造である。
毛沢東は伝統文化を否定したのではない。自らが新たな「正義」を定義するために,伝統という「意味づけの秩序」をいったん空白にしたのである。それは,価値の基準を更新するための破壊行為であり,「思想の所有権」を国家が奪い返すための暴力だった。
いま我々が目にしている「正義の輸出」もまた,伝統的価値の「撤去」を前提とした,新しい意味秩序の「植民」である。かつては紅衛兵がそれを担った。今では教育機関,メディア,NGO,そしてSNSがその役割を果たしている。それが暴力的に見えないのは,方法が身体から精神へと移行したからにすぎない。
今日の「紅衛兵」たちは,石を投げたり拳を振るう代わりに,リツイートとキャンセルによって異端者を追放するのである。
過去を否定する者は,未来を所有する
文化大革命の恐ろしさは,単に伝統を壊したことではない。それによって,「未来の価値」を一元的に定義する権利を獲得した者たちがいたことにある。
現代社会もまた,「民主」「自由」「多様性」といった正義を掲げることによって,「何を善とし,何を語ってよいか」の基準を特定の方向に集約しようとしている。制度の名の下に異論が排除されるこの構造は,文化大革命の精神的再来であり,しかもはるかに洗練された形で再演されている。
この意味において,我々が直面しているのは「民主主義の危機」ではない。「自由の名を借りた全体主義」の確立という歴史の新段階である。
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