世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3854
世界経済評論IMPACT No.3854

日本の多国籍企業におけるケイパビリティを探る

藤澤武史

(関西学院大学商学部 教授)

2025.06.02

 日本の多国籍企業がどの程度強いケイパビリティを有しているかを判断するのは容易でない。数値化できるための指標が確立されていないためである。我が国においてこの面で先駆的な研究を成し得た成果の1つとして,諸上茂登編著『国際マーケティング・ケイパビリティ』同文舘出版,2019年,が挙げられよう。日系多国籍企業の在外子会社が有するマーケティング・ケイパビリティの重要性をアンケート調査の分析結果を基にして仮説検証へと進み,海外展開する製造企業にとってマーケティング・ケイパビリティが果たす戦略的な役割の重要性を明らかにした点で貢献度が高い。

 本稿では,海外子会社の実態調査に及んでいないため,東洋経済臨時増刊号『海外進出企業総覧』等から入手可能な二次データを活用し,日系海外子会社の業績別内訳(+,0,―)指標を従属変数に用い,独立変数には日本の製造企業の本社サイドにおける対売上高営業経費および対売上高研究開発費比率が用いられる。前者の指標値が相対的に大きいとマーケティング志向型企業,後者の指標値の割合が高ければ研究開発志向型企業と規定する。従属変数には,日系海外子会社の業績別指標を用い,(+,0,―)指標を使う。

 理論モデルには,ダイナミック・ケイパビリティ論,多国籍企業の新内部化理論,経営活動の付加価値連鎖モデル(より厳密には,経営機能別付加価値連鎖モデル)を用いるのが適切かもしれないが,紙幅の関係で省かざるを得ない。なお,日本の多国籍企業がどの程度強いケイパビリティを有しているかを判断するのは容易でない。数値化できるための指標が確立されていないためである。

 一般に,日本の多国籍企業がどの程度強いマーケティング・ケイパビリティを有しているかを判断するにはアンケート調査以外に方途はないと見られる。数値化の指標さえも得にくい。かかる点については,今後の課題に譲るとして,以下,東洋経済臨時増刊号『海外進出企業総覧』などの二次資料から,従属変数として日系海外子会社の業績別内訳(+,0,―)指標,独立変数にマーケティング志向型企業と研究開発志向型企業を類別化するための,日本の製造企業の本社サイドにおける対売上高営業経費比率および対売上高研究開発費比率をそれぞれ用いる。以下,統計的検証の結果を示す。子会社数はどの標本においてもすべて50社を超える。対売上高営業経費の順位は海外売上高比率の順位との間で-0.348となり,営業経費といったマーケティング・コストの一部を投入して海外販売を伸ばすには十分でないのが分かる。販売促進費が価格に反映されて高値になるのが現地消費者に好まれないのかもしれない。

 日系中小電機メーカーの全子会社における売上高への影響要因を相関係数値から見て,投資額=0.299,従業員数=0.857より,従業員数の拡大は子会社の売上高に大きく寄与すると解せる。日系大手電機メーカーでは,売上高との相関係数が投資額=0.800,従業員数=0.560,投資額と従業員数の相関係数=0.396となる。大手電機メーカーにとって設備投資が規模拡大競争に打って付けであり,中小メーカーは優秀な人材獲得が特に欠かせないことを物語っている。

 次に,中小自動車部品メーカーの海外子会社における「高業績群」と「低業績群」を判別する要因に目を向けてみよう。ここでは,正準判別分析を適用する。正準相関係数=0.509(有意確率<0.01)。標準化された正準判別関数係数値は次の通りである。「高業績群」では,関数1において,投資額=1.492,従業員数=0.747,売上高=-1.416,操業年数=-0.277。「低業績群」の場合,関数1で,投資額=1.492,従業員数=0.747,売上高=-1.416,操業年数=-0.277。他方,大手自動車部品メーカーの海外子会社における正準相関係数=0.391(有意確率=0.057)。「高業績群」では,関数1において,投資額=-1.039,従業員数=0.459,売上高=0.363,操業年数=0.076,および派遣者数=0.276。「低業績群」では,関数1において,投資額=-0.596,従業員数=0.417,売上高=0.350,操業年数=-0.065,派遣者数=0.243,と求められた。これらの分析は単純なれども,同じ業種でありながら企業規模によって海外進出決定因が異なる点が明らかとなる。

 最後に,金属加工機メーカー「アマダ」の在米子会社に見られる進出順序を示す。1965年に製造・販売子会社,1971年に持株・事業統括子会社,1981年にファイナンス・リース子会社,1987年に販売・修理子会社,2007年に製造・販売・サービス子会社という展開が図られた。子会社5つの拠点間で川中から川下に至る付加価値連鎖を分業化して担っている点が特徴的である。まさに,経営活動の付加価値連鎖(Porter, M. 1985)内で「川中」に相当する製造のウェートが低い。川中を担当して高付加価値を享受するには,米国が適していないからと見受けられる。その代り,持株・事業統括会社が資金を運用し,ファイナンス・リース会社と共存共栄している。資金の運用と活用と貸し付けを巧みにして,主に産業ユーザーを消費者層として囲い込めるよう,産業財マーケティングに金融マーケティング,そしてこれら2本柱を全社的マーケティングともを組み合わせているようだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3854.html)

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藤澤武史

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