世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
新造語でプロパガンダ化:バイオ・テクノロジー業界
(社会福祉法人・国際経済労働研究所 所長・京都大学 名誉教授)
2025.05.26
「バイオ・テクノロジー」(biotechnology)業界が,日本では大きな注目を浴びている。「バイオ・テクノロジー」は,「バイオロジー」(biology)と「テクノロジー」(technology)を合わせた言葉である。
ところが,奇妙なことに,この英語に対応する日本語がバラバラであり,定訳がない。「生物工学」,「生命工学」,「生命技術」と様々の訳が充てられている。
最近になるほど,欧米の原語を,そのまま,ないしは,縮めてカタカナ表記ですませてしまう風潮が広まった。しかも,わざと意味不明新語がつくり出されている。
とくに,この種の新語は,「一億総読書離れ」を指向しているのではないかと思わせるメディアの間で飛び交っている。
「ハオイ」(素晴らしい),「プルイ」(旧いが親しみやすい),「カワチイ」(可愛い),「キャパイ」(余裕がなくなった)等々が,その事例である。
これは,いま流行している新語を早期にすたれさせ,新しい流行語をつくり,自分たちこそ時代の最先端にあるという,単純な自己顕示欲の現れである。
流行語というものは,そもそもそうした性格をもっている。この種の新語を使う日常会話は短くなる一方である。そのせいもあって,主語・述語・目的語,能動態・受動態の区別があいまいになってきた。
TVのアナウンサーが読む原稿にそうした深刻な事態が頻繁に見られる。しかも,TVは,いま目の前で起こっている新鮮な事件をニュースとして放映するどころか,10日以上前の全国のお祭りを繰り返し映像として流すか,自局のアナウンサーでなく,特定のお笑い劇団の芸人をMCとして多用し,番組をますます娯楽的な方向に押しやっている。MCとは,"Master of Ceremonies" のことである。
TV各社が,踵を接して「右向け,右」へと方向転換している。本来の使命をないがしろにし,視聴率稼ぎに邁進していると断じたくなる。
メディア業界ほど酷くはないが,似たり寄ったりの現象が,バイオ・テクノロジーの世界でも,見られるようになっている。
例えば,「グリーン(green)・バイオ・テクノロジー」。これは,主に農業分野で利用される遺伝子工学を指す新語である。
この程度の新語ならまだ理解はできる。しかし,「ホワイト(white)・バイオ・テクノロジー」となると,私には何のことかさっぱり分からなかった。
そこでWeb(ウェブ)で検索をした。そう言えば,Webという言葉もカタカナ語である。これは,"World Wide Web"の略である。
「ホワイト」とは,「グリーン」で代表される農業分野とは異なった「化学部門」を指す。
グリーン,ホワイトと続けば,「レッド」という用語も生まれる。「レッド」は,医療や健康分野を意味する。おそらくは,血液に着目して名づけられたのであろう。
「ブルー」という用語もある。海洋,水産物分野で用いられている。「グレー」も出てきた。環境浄化微生物の作成技術である。
色によってバイオ・テクノロジーを分類する流行語に,私は危険なものを感じる。世の中を正しい方向に向けるための真摯な姿勢ではなく,目を惹くキャンペーンを張って,短期間に資金を集め,自社株の時価さえ上昇すればよいという「株価資本主義」のきな臭さが,ここには匂う。
その点で,バイオ・テクノロジーの現状と将来を慎重に見直そうとのhuffpost.comに掲載された“Let’s Use Organic and GMOs to Feed the World”の主張に私は全面的に同意する。
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