世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の製造業は衰退しているのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.05.05
製造業付加価値・就業者数シェアは低下
トランプ関税の狙いは,米国へ輸出している企業に米国への生産拠点の移転を迫り,米国の貿易赤字を削減するとともに,国内の製造業を復活させることにあります。米国の製造業の付加価値がGDPに占める比率は,2005年1-3月期の13.1%からリーマンショック後の2010年1-3月期には11.8%,コロナ禍直前の2019年10-12月期には10.4%,直近値である2024年10-12月期には9.9%へと低下しました。非農業就業者数に占める製造業の比率も,同時期に10.7%→8.8%→8.4%→8.0%と継続的に低下しています。米国経済における製造業の相対的規模の縮小がうかがわれます。
製造業の付加価値成長率は日本を上回る
ただ,米国と日本の製造業の実質付加価値額を比較すると,2005年1-3月期を100とした時,2018年1-3月期には米国は117.8,日本は117.7とほぼ同じでしたが,2024年10-12月期には米国は129.5,日本は120.6であり,2018年以降,米国の方が日本より伸び率が高いことがわかります。米ドル換算した名目ベースでは,同じく2005年1-3月期を100にしたとき,日本は2012年1-3月期に118.3でピークをつけてから減少基調に転じ,2024年10-12月期には76.4まで減少しました。これに対し,米国では2012年1-3月期の114.5から2024年10-12月期には175.9まで増加しています。名目値は日米のインフレ率の差や円ドル為替レートに影響されているとはいえ,付加価値創造力の国際比較の観点では,衰退しているのは米国の製造業ではなく,日本の方のようです。
米ドル高でも純輸出赤字幅は大きくない
米国の純輸出(GDP統計ベースの財・サービス貿易収支)は長年赤字が続いていますが,直近値である2024年10-12月期の赤字幅のGDP比は3.1%であり,2005年以降の平均値3.5%を下回っています。一方,BIS(国際決済銀行)が算出している米ドルの実質実効為替レートは,2024年10-12月期には112.0と2005年以降の平均93.2を大きく上回り,歴史的高水準にあると言えます。米ドル高のもとでも純輸出の赤字幅はそれほど拡大しておらず,その点では米国経済の国際競争力が低下していないことが示唆されます。
純輸出の赤字は,米国内に供給能力を上回る旺盛な需要があることを示しています。米ドル高のため,輸入品を安く買って,その需要を満たすことができます。さらに,米ドルが基軸通貨であるため,米国が輸入代金として支払う米ドルを輸出側は喜んで受け取ります。純輸出赤字が続くことで米国の対外債務は累増しますが,米ドルが基軸通貨である限り,事実上,米国には対外債務を返済する義務がないと言えます。米国経済全体としては,純輸出の赤字にも米ドル高にも困っているようには思えません。
そうであるのに,トランプ大統領が純輸出の赤字削減や製造業の復活にこだわるのは,政治的理由と考えられます。ラスムセン社のトランプ大統領支持率の日次調査を見ると,大統領就任時から4月29日付け調査までの平均値で,大統領を強く支持する人の比率は35.9%,強い不支持の人の比率は38.9%であり,トランプ大統領の岩盤支持層より岩盤不支持層の方が若干多いことがうかがわれます。一方,弱い支持/不支持を含めると,大統領支持率の平均値は50.6%,不支持率は47.3%と支持率が不支持率をやや上回ります。これは,岩盤支持者でも岩盤不支持者でもない中間層がトランプ大統領支持に傾いていることを示しています。従来,民主党支持者が多かった製造業就業者が,上に述べた製造業の相対的規模縮小に不満を持ち,関税賦課による国内製造業の復活を訴えるトランプ大統領の支持に回っていることが,その背景にあるようです。製造業就業者は,非農業就業者の8%にまで低下している点では米国全体で見れば少数派です。しかし,製造業の衰退による経済・社会の荒廃が目立ち,大統領選挙で激戦区となったラストベルトを中心に,製造業就業者の支持を得ることは,来年の中間選挙において上下両院で共和党が過半数を維持し,トランプ政権が勢いを保つ上では,必要不可欠と言えます。
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