世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3817
世界経済評論IMPACT No.3817

“トランプ相互関税”を巡る米中の駆け引き

童 適平

(獨協大学 名誉教授)

2025.05.05

 第二次トランプ政権が成立するや,“トランプ相互関税”リストが発表され,世界各国政府に対して“ディール”を急がせるなど,世界経済に動揺を引き起こした。この“トランプ相互関税”の嵐が吹きすさぶ中で,最も高い税率が課され,注目されたのが中国である。しかし,中国政府は“トランプ相互関税”に対して,対抗措置を取ったが,「ディールはしない」姿勢は崩しておらず,これに対しトランプ大統領は焦り始めた。

 現代経済の合理的な運営は需要と供給のバランスに基づくことは基本である。しかし,1978年鄧小平が高度成長目標を掲げ,経済改革を始めたときに,直面したのは膨大な失業人口(統計上1978年農村就業人口30,638万人に対して,2023年現在第一次産業就業者数16,882万人である。農地面積が不変とすれば,農村潜在失業者数は約14,000万人と推計できる)と国民の低所得(一人あたりGDPはわずか379元)による困窮であり,有効需要は極めて貧弱の状況であった。需要と供給のバランスに基づく経済の運営にこだわれば,「過少均衡」に陥り,高度成長目標の実現が不可能となり,改革に対する国民の支持を取り付けることも困難になる。結果として供給が需要を大きく上回る需供のアンバランス成長に突入した。この矛盾克服に鍵を握るのが改革開放政策である。つまり,国内需要不足を,海外需要を取り付けて埋める戦略でこの改革開放政策は大な成果をあげた。中国税関の統計によると,1978年,人民元ベースで輸出入額はわずか355億元であったが,2024年現在,その1,235倍の438,468億元に達した。対GDP比率も9.6%から32.5%まで上昇した。特に貿易収支は19.7億元の赤字から7兆617億元の黒字に変わった。

 この貿易黒字はマクロ経済均衡式からは需要要因である。この海外需要の取り付けは中国40年間の驚異的な高度成長を可能にした最も重要な要因である。この中で,アメリカ市場の存在はとりわけ重要である。リーマンショックまでドルベースで対米輸出は総輸出の2割以上を占め,最大の輸出相手国であっただけでなく,対米貿易収支は一貫して黒字である。アメリカを筆頭とする海外市場の存在があってこそ,国内の安い労働力と海外資本を利用して,高度成長が実現できた。2024年現在,戸籍が農村のまま都市部で働く「農民工」は29,973万人も存在する(国家統計局「2024年農民工観測報告」)。

 貿易収支黒字は国内の需要不足を埋めるだけでなく,マクロ経済の運営と対外開放政策の維持に不可欠の食料,石油と特許などの輸入を可能にした。つまり,国際貿易はどこか国の輸出超(黒字)はどこの国の輸入超(赤字)になるというゼロサムゲームである。。膨大な貿易黒字,とりわけ対米貿易黒字は常にその2割以上を占め,2024年だけでも,3,610億米ドルに上る。この意味では“トランプ相互関税”は中国経済にとって極めて深刻である。

 このように,中国政府の「ディールしない」理由は見えてきた。高い経済成長目標を掲げ,国内需要は経済成長に追いつかないマクロ経済の運営戦略から,対米輸出,対米貿易黒字は不可欠だからである。リーマンショック以降,輸出主導型成長から不動産開発とインフラ投資による投資依存型成長に変わろうとしたが,これが挫折したため,当面の間,経済成長は輸出に依存しなければならないのである。一方,資本主義市場経済は予測の働きによって成り立つので,相互関税の実施は市場の予測を変えるため,市場が動く。案の定,足の速い金融市場は先に動き,アメリカ金融市場では初めて,株式・債券・通貨がそろって売られる,いわゆるトリプル安が発生した。この相互関税を巡る駆け引きについて,中国として,「持久戦論」もあるが,経済成長が輸出に依存する限り,短期的には市場を静観する戦術があるかもしれないが,長期的には持久戦で勝ち抜くことはあり得ない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3817.html)

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