世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3920
世界経済評論IMPACT No.3920

中国人民銀行バランスシートから見る金融政策

童 適平

(獨協大学 名誉教授)

2025.08.04

 2024年9月,中国の金融政策は,14年間も続いた「穏健的」から「適度緩和」へ転換され,預金準備率と政策金利の引き下げが2回行われた。更に,「市場を安定させ,市場に対する希望を高める」を目標に掲げる金融政策措置十項目が打ち出された。金融政策のスタンスは「適度緩和」より「緩和」,もしくは「異次元緩和」という表現の方が実態に合っているかもしれない。政策の成果を検討するのにはまだ時間が必要であるが,中央銀行である中国人民銀行(以下,人民銀)のバランスシートから金融政策が「適度緩和」から「穏健的」へ転換した後,そして今度の変化を見てみたい。

 まず,負債サイドの貨幣供給の推移を見てみよう。

 2025年6月現在,準備通貨(現金+中央銀行当座預金,一般的に,マネタリーベースと呼ばれる)の残高は37兆9159億元で,M2の残高は330兆元2868億元である。

 2011年1月,金融政策が「適度緩和」から「穏健的」に変わったことに伴い,M2供給量の前年比増加率は緩やかに低下した。11年の20%弱から,23年12月には10%台を切り,24年の6月に6%台まで下がり,しばらく6%台を徘徊したが,政策の変化に伴い,M2供給量は増加率は下げ止まり,12月には7%台にまで回復し,直近の今年6月には8%台を上回った。その結果,25年6月のM2は330兆2868億元になり,11年1月の73兆3885億元の4.5倍にまで膨らんだ。

 M2の変化は,その規定要因である準備通貨と信用乗数の相互作用の結果である。準備通貨は現金と中央銀行当座預金から構成され,現金は季節などの要因に左右され,ボラティリティーが大きいが,中央銀行当座預金は中央銀行による資産買い入れ(売却)と預金準備率の変化に左右される。11年1月以後,中央銀行当座預金を前年比で見てみると,高い増加率から一転して低下し,マイナス(=減少)の場面もあった。これは資産買い入れの減少か,預金準備率の引き下げによるものである。その結果,同期間内,中央銀行当座預金残高の増加は67%に留まった。これは,M2よりかなり少ないため,準備通貨に対するM2の倍数は,11年1月の3.8倍から直近(25年6月)では8.7倍にまで上昇した。このように,M2前年比の維持は基本的に預金準備率と金利の引き下げによる信用乗数(M2/準備通貨)への働きかけによって実現したものと考えられる。

 次に,資産サイドの推移を見てみよう。

 人民銀の最大資産項目は外貨準備を含んだ国外資産である。25年6月,現在その金額は22兆9842億元に上るが,11年1月よりわずか1兆元弱の増加に留まり,ピークの28兆1039億元(14年4月)に遠く及ばない。当然,総資産における比率も81.8%(11年1月)から50.2%(25年6月)へと下がった。この期間,経常収支は黒字を拡大し続けたが,非準備資産の資本収支は黒字と赤字が交差し不安定である。しかし,トータル国際収支は11年以前より拡大基調が続いた。それにもかかわらず,国外資産残高はあまり増えないことは,外貨管理の緩和と通貨発行方式の変化で説明される。面白いことには国外資産の構成である貨幣黄金が同期間に5.6倍も増えたことである。

 二番目の資産項目は対預金性金融機関貸出である。同期間に1兆5913億元から10倍以上増加して17兆8781億元になった。総資産における比率も5.9%から39.0%まで大きく上昇して,国外資産比率低下を補った。対預金性金融機関貸出は「中期貸出ファシリティ(MLF)」,「常備貸出ファシリティ(SLF)」,「担保補充貸出(PSL)」,及び中央銀行再貸出,再割引からなる。14年頃から,国外資産買い入れによる通貨供給方式に代替する手段として導入され,もしくは規模が拡大されてきたものである。MLFとSLFは流動性調節手段として,主要国でもよく使われるが,このほかは経済構造是正目的のいわゆる「構造的金融政策」手段である。このような「構造的金融政策」は計画経済時代によく使われていたが,近年,またクローズアップした。25年4月現在その残高が5兆9千億元(25年5月7日記者会見における人民銀潘功勝行長の発言)まで増加した。これと照合して,24年9月からの「適度緩和」政策は市場全体をターゲットとするよりは,市場参加者に重点を置いたようである。

 以上のように,11年1月以後,中国の金融政策は「穏健的」と言いながら,準備通貨の増発と信用乗数の拡大に力を入れ,金利と預金準備率をともに改革後最低レベルまで引下げ,経済運営において比較的緩和された環境作りに成功した。一方,経済構造のゆがみを「構造的金融政策」手段で,直接金融機関に働きかけ是正しようとしたことが,バランスシートから見て取れる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3920.html)

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