世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3714
世界経済評論IMPACT No.3714

金融政策は不況脱出の手立てになるのか

童 適平

(獨協大学経済学部 教授)

2025.02.03

 新年早々,またもや中国株式市場の多くの投資家は期待外れを経験した。2025年株式市場大発会の1月2日,上海証券取引所の上海総合指数は2.66%の下落で一日の取引を終えた。投資家の期待の背景には,中国金融当局の政策転換があった。3ヶ月前の2024年9月24日に中国人民銀行総裁,金融監督局長と中国証券監督管理員会主席がこぞって記者会見し,鳴り物入りに「穏健的金融政策」から「適度緩和の金融政策」へ転換すると発表したのだ。これは世界的な金融危機が収まって,2010年12月に「適度緩和の金融政策」から「穏健的金融政策」に転換して以来,14年ぶりの政策転換である。

 ここで「適度緩和」と「穏健的」という表現の違いに意識が向く。「適度緩和の金融政策」への転換を発表する記者会見の内容を見る前に,まず2011年から去年の9月まで実施された「穏健的金融政策」とはどんな内容であったのかを,2008年から2010年までの間に実施された「適度緩和の金融政策」と比較してみる。

 2008年10月,世界金融危機に対処するために,中国は「適度緩和の金融政策」を実施すると発表し,2010年12月までに,金融政策手段である1年貸出基準金利を6.93%から5.31%まで,法定預金準備率を大手銀行で17%から15.50%へ,中小銀行で16%から13.50%へと引き下げた。これと比べ,2010年12月からの「穏健的金融政策」では,2015年5月までに,1年貸出基準金利を「適度緩和の金融政策」の5.31%を下回る,5.10%に引下げ,その後,貸出基準金利は政策金利としては失効したが,2019年に政策金利に近い役割を果たすLPR(Loan Prime Rate)として実施された。1年LPRは4.31%からスタートし,その後1本調子で下がり,2024年9月には3.35%となった。法定預金準備率も下がり続け,去年9月24日までに大手銀行と中小銀行はそれぞれ10%と7%となった。つまり,「穏健的金融政策」と言いながら,金利も法定預金準備率も「適度緩和の金融政策」より緩和的であった。ただし,M2の前年比は「適度緩和の金融政策」が17.8%(2008年),28.5%(2009年),19.7%(2010年)であったのに対して,「穏健的金融政策」では,それぞれ13%前後(2011~16年),8%台(2017~19年),10%前後(2020~23年)と大きく下がった。M2前年比の変動は金融政策だけでなく,他の要因にもよるもので,ここでは詳細の分析は割愛するが,GDPに対するM2残額(M2/GDP)は2024年から現在までに2.32倍に達したのに対して,2010年は1.73倍であった。

 このように,2011年から実施された「穏健的金融政策」は,2008年の「適度緩和の金融政策」より「緩和的」であると言える。

 それでは,今回の「適度緩和の金融政策」にはどんな内容が持ち込まれたのであろうか。記者会見で中国人民銀行総裁は三つの政策措置を発表した。すなわち,①法定預金準備率と政策金利の引下げ,②住宅ローン金利及びローン頭金比率の引き下げと住宅買い取りに貸出をした銀行に対して中央銀行は融資すること,③金融機関との間に株式市場に資金を供与する目的のスワップ取引の新設と中央銀行の融資である。

 まず,法定預金準備率と政策金利の引下げでは,記者会見後の9月27日に法定預金準備率について年内2回目となる引き下げを実施した。大手銀行と中小銀行がともに0.5%引下げられ,年内,様子を見て更に0.25%もしくは0.5%の引下げもあると人民銀行総裁が明言したが,実施されなかった。それでも,それぞれ9.5%と6.5%が適用され,中小銀行は史上最低で,大手銀行も2007年以来最低記録を更新した。

 政策金利である7日物リバースレポ金利を1.7%から1.5%へ引下げ,同時にLPRと預金金利の引下げを誘導するのであるが,10月に公表された1年LPRと5年以上LPRはそれぞれ3.35%から3.1%,3.85%から3.60%へと,預金金利も相応に引き下がった。

 次に,住宅ローン金利引下げなどについては三つの内容がある。(a)既存住宅ローン金利を新規住宅ローン金利までに引下げるよう商業銀行を指導すること,(b)1軒目と2軒目の住宅ローン頭金比率を統一させ,これまで2軒目の方が高めに規制されたが,ともに最低比率を25%から15%へ引き下げること,(c)2024年5月に始めた商業銀行による保障型住宅買い取り貸出に対して,中国人民銀行は3000億元の融資を供与する期限を2024年から2026年まで延長し,融資比率も貸出の60%から100%へ引上げること,である。

 最後は,証券会社,ファンド会社及び保険会社に流動性を提供するために,これらの金融機関との間に,債券,株式ETF,SHSZ300銘柄と公募REITsを内容とするスワップ協定を結ぶことと,商業銀行による上場企業と株主の自社株買戻しと株式の買い増し目的の貸出に対して,中央銀行が融資することである。

 以上の内容から,今回の「適度緩和の金融政策」は伝統的金融政策ツールである金利,預金準備率といわゆる構造的金融政策である中央銀行融資の併用が特徴であることが分かった。特に住宅市場と株式市場をターゲットに,構造的金融政策の使用は史上で初めてである。

 このことから,今回の政策転換では住宅市場と株式市場の起死回生に対し,通貨当局の強い思い入れが盛り込まれたことが分かる。そのため「適度緩和の金融政策」よりは「異次元の金融緩和」と表現した方が相応しいかもしれない。これこそ株価の下げ止まりと住宅市場の低迷に終止符が打たれると市場が期待した所為である。確かに,記者会見当日,上海総合指数は反転,6日間も上昇し続けた。これと同時に,証券取引所での株式売買口座新規開設者数は急増した。上海証券取引所では1月~9月の合計が1516.85万人であったのに対して,10月だけで739.4万人にも達した。しかし,株価上昇の勢いは長続きしなかった。一進一退を年末まで繰り返し,年明けの上昇が期待されたが外れてしまった。一方,住宅市場の低迷も続いた。統計局のデータによれば,下げ幅は縮小しながらも,住宅の販売面積も販売金額も前年比で減少し続けている。販売金額の下げ幅は販売面積を上回り,つまり,住宅価格が下げ止まらないのである。

 今回の「適度緩和の金融政策」への政策転換は,株式市場と不動産市場を好転させ,世界金融危機後の復興を再現するという目論見から言えば誤りである。世界金融危機後に確かに「適度緩和の金融政策」を実行したが,復興を実現した主役は財政政策である。「四兆元」と言われる政府のインフラ投資に合わせて,インフラ投資の主力である地方政府に借金による債務の補填と銀行貸出の爆発的な増加を認めたからである。金融政策も関わったが,あくまで脇役でしかなかったのである。株式市場と不動産市場の起死回生カンフル剤に財政政策の起用はあろうか。中国政府の発表だけで,地方政府の債務残高は46兆元(2024年11月)を超え,地方債は約10兆元発行されたが,投資拡大目的ではなく,債務返済目的である。不動産市場の低迷で土地使用権譲渡収入はあまり期待できない現在,財政政策の発動余地は乏しいと言わざるを得ない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3714.html)

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