世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
東京ブラックホール論のウソ:地域別の平均出生率が示す本当の姿
(法政大学 教授)
2024.09.30
地方創生が2014年にスタートしてから,出生率は基本的に低下しており,改善する兆しはない。実際,人口減少と地方の衰退に歯止めをかけるため,東京一極集中の是正を図りながら,出生率の引き上げなどを数値目標に掲げる地方創生が推進されてきたが,2015年以降,合計特殊出生率(TFR)は8年連続の低下となった。2015年のTFRは1.45だったが,2023年には1.20まで低下しており,地方創生の効果は基本的に確認できない。
にもかかわらず,地方創生で出生率を改善しようとする試みや世論への働きかけは継続する模様だ。この事例の一つが,政府関係者や民間有識者らで構成する「人口戦略会議」が,2024年4月24日に公表したレポート(『地方自治体「持続可能性」分析レポート』)ではないか。人口戦略会議のメンバーは錚々たる顔ぶれのため,この団体からの情報発信は強力なパワーをもち,マスコミにも相当な影響力がある。
上記レポートでは,出生率が低い一方,域内人口の増加分を他地域からの人口流入に依存している自治体を「ブラックホール型自治体」と定義し,その象徴を東京に位置付け,東京一極集中の是正などを訴えている。この議論のコアにあるのが,「出生率の低い東京が全国から若い女性を惹きつけ,その結果として,日本全体の出生率を低下させている」という,いわゆる「東京ブラックホール論」だが,この仮説は本当に正しいのか。
このような状況のなか,2024年6月上旬,厚生労働省は,2023年の人口動態統計(概数)の公表を行い,同年の日本の合計特殊出生率(TFR)が過去最低の1.20に低下する可能性や,東京都のTFRが初めて1を切り,0.99になる可能性を明らかにした。この話は大々的にニュースでも取り上げられ,テレビ等で,「日本のTFRが低いのは,出生率が低い東京に出産可能な女性が集まるためである」というコメントをする識者もいたが,これは事実なのか。
結論からいうと,これは誤解である。確かに,冒頭の統計(2023年)では,47都道府県のうちTFRが最高位なのは沖縄の1.60,最下位なのは東京の0.99で,2020年の人口動態統計(確報)でも,若干数値は異なるものの,東京は最下位の47位だ。
だが,別の指標(データ)で出生率をみると,異なる風景が広がっている。例えば,国勢調査(2020年)のデータを用いて,都道府県別などの平均出生率(出産可能な15歳-49歳の女性人口1000人当たりの出生数)を計算すると,この値が最高位なのは沖縄の48.9,第2位は宮崎の40.7だが,東京の平均出生率も31.5で,最下位でなく42位だ。平均出生率の計算では未婚の女性も含むが,東京の前後では,40位の岩手(32.4),41位の青森(32.2),43位の奈良(31.4),宮城(31.1),京都(31),北海道(30.8)が並び,最下位は秋田(29.3)となる。しかも驚くべきことに,東京都心3区(千代田区・港区・中央区)の平均出生率は41.7で,既述の47都道府県の値と比較すると,東京都心3区は沖縄に次ぐ2位になる。この都心3区のうち中央区の値は45.4だ。
以上のとおり,平均出生率のランキングで比較すると,東京都や都心3区のイメージが変わってくるが,この理由は何か。それは,TFRの計算方法の特性にカラクリがある。TFRの定義は「一人の女性が生涯に生む平均的な子どもの数」だが,具体的には年齢別出生率を合計して計算している。この計算方法から奇妙なことが起こる。
例えば,仮想的な例だが,いま20代と30代の女性しかいない2地域があり,地域Aでは20代の女性100人が赤ちゃん30人,30代の女性100人が60人を出産,地域Bでは20代の女性20人が赤ちゃん20人,30代の女性80人が20人を出産するとしよう。このとき,年齢別出生率の合計であるTFRは,地域Aが0.9(=30÷100+60÷100),地域Bが1.25(=20÷20+20÷80)だが,女性1人当たりの平均出生率は,地域Aが0.45(=90÷200),地域Bが0.4(=40÷100)で,地域Aの方が高い。
人口戦略会議や政府では,地域別TFRや東京ブラックホールという言葉を使い,TFRが低い東京の一極集中の是正を掲げるケースも多いが,平均出生率では都心3区は沖縄県の次に高い。EBPM(エビデンスに基づく政策立案)が流行っているが,データの取り扱いに留意しながら,適切な政策を打つ必要があろう。
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