世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
33%が中止あるいは進展の見通しなし:ASEANの一帯一路大型インフラプロジェクト
(亜細亜大学 特別研究員・ITI客員 研究員)
2024.05.27
豪州のローイー研究所は,ASEANの一帯一路構想(BRI)の大型インフラプロジェクトの現状に関する調査報告を発表した(注1)。2015年から21年の間に約束あるいは実施されたASEANにおける10億ドル規模以上の大型インフラプロジェクトは34件を数える。援助国・機関をみると中国が24件を占め最大である。続いて日本6件,韓国1件,アジア開発銀行が3件となっている。
中国の24プロジェクトは,中国のASEANでのインフラプロジェクトの85%を占めている。内訳は,電力が14件(石炭火力が10件,水力が4件),輸送が10件(鉄道7件,空港1件,橋梁1件,港湾1件)となっている。国別にみると,カンボジア1件,インドネシア3件,ラオス5件,マレーシア3件,ミャンマー3件,フィリピン3件,タイ2件,ベトナム4件である。
24プロジェクトのうち完成したのは,160億ドル相当の8プロジェクトであり,完成の見通しは350億ドル相当の8プロジェクト(ただし2件は規模縮小)となっている。一方,210億ドル相当の5プロジェクトが中止となり,50億ドル相当の3プロジェクトが進展の見通しがない状態である。完成プロジェクトは金額で21%,件数で33%であり,実現見通しを含めると,金額,件数とも67%となる。中止プロジェクトは金額で27%,件数で21%,,進展の見通しがない案件と合計すると金額,件数ともに33%となる。24プロジェクトの融資約束額は770億ドルであり,520億ドル相当分が実施に問題が起きていると指摘しているが,内訳は示されていない。
相手国の政治的不安定が影響
BRIプロジェクトの中止,遅れ,規模縮小の要因として,報告書は相手国の①政権交代など政治的不安定,②地域住民など利害関係者の反対,③エネルギートランジションをあげている。国内政治の変動や政治的不安定の典型例はマレーシアの東海岸鉄道(ECRL)である。ECRLは2016年にナジブ政権時に決定されたが,ナジブ首相の汚職疑惑から政権交代が起こり,マハティール新政権により2018年に凍結された。2019年に再交渉が行われ規模と工費が縮小されたが,その後,イスマイル・ヤコブ政権で再度当初計画に戻された。その後のアンワール・イブラヒム政権は,再度コストを削減しプロジェクトを実施することに合意している。
同時期にマルチプロダクトパイプラン (MPP)とトランスサバ・ガスパイプライン(TSGP)の2つのパイプラインプロジェクトも中止された。TSGPは環境影響評価,フィージビリティ・スタディおよび適切な土地取得手続きがなされないまま開始されていた。現時点でMPPは中止されたままであり,TSGPは再開交渉が行われているが先行きは不透明である。
フィリピンでは,マニラ南部の全長380キロ,工費25億ドルのフィリピン国鉄ビコル線プロジェクトと100キロ,工費14.5億ドルのミンダナオ通勤鉄道プロジェクトが中止となった。ほかにもスービックとクラークを結ぶ鉄道も中止となり,BRIの3鉄道プロジェクトが中止となった。そのため,フィリピンはBRIから離脱と報じられている。他のBRIプロジェクトは中止との報道はなく,正式に離脱となったかは判らない。現在,中国に代わる資金提供国を探しており,日本,インドなどが候補となっていると報じられている。中止の時期はフィリピンの政権交代と南シナ海における中国との緊張の高まりと一致している。
一方,ミャンマーでは停止されていたプロジェクトが再開される動きがある。事実上停止していた90億ドルの鉄道プロジェクトは軍事政権が中国政府と交渉を始めた。70億ドルから13億ドルに規模を縮小したチャウピュ-経済特区深海港プロジェクトも工事が再開されたようである。この港湾と鉄道プロジェクトは中国ミャンマー経済回廊(CMEC)を構成しており,中国がインド洋に陸上でアクセスするための戦略的重要性を持っており,再開の動きの背後に中国政府の圧力があると指摘されている。
地域の利害関係者の関与とエネルギートランジション
プロジェクトに関連した地域の利害関係者(地方政府,住民などコミュニティ)の関与の不足も住民の反対やBRIプロジェクトの遅れなどの要因となっている。その理由として中国の上意下達アプローチ,透明性の不足,不十分な意思疎通があげられている。ジャカルタ-バンドン高速鉄道は,意思疎通と協議不足により工事の遅れ,土地収用コスト増加などの問題が起き工費は当初計画から12億ドルの超過となった。
エネルギートランジションが石炭火力発電所プロジェクトの実施に影響を与えている。ベトナムのビンタン第3石炭火力発電所はHSBCなど共同出資者が気候変動についての目標を変更したことを理由に撤退してから進展していない。ベトナムの新たな国家電力開発計画(2021-30)は再生エネルギーとLNG開発を強調しており,ナムディン第1石炭火力発電所も実現が困難になっている。
依然として重要な一帯一路
BRIの現在の実施率は34%であるが,完成見通しを含めると67%となる。金額では510億ドルとなり,ASEANでの日本の大型インフラ援助実施額の220億ドルの2倍以上,ADBの実施金額の5倍の規模となる。ローイー研究所の報告書は,BRIの東南アジアのインフラ整備における重要性は依然として大きいと指摘している。BRIは,経済性への疑問,受入国の経済規模からみてあまりに巨大なプロジェクト,金利の高さと債務の罠の恐れ,中国企業への発注・中国の資機材の調達,受入国労働者の雇用ではなく中国人労働者を就労させる受入国の経済発展への貢献が疑問などプロジェクトの実施に多くの問題があることが指摘されてきた。今回の報告書は,政治情勢の変化などエネルギートランジションなど受入国や国際環境での環境の変化などもBRIの実施に大きな影響を与えていることを指摘している。BRIの現況と動向の情報収集と客観的な分析は依然として重要である(注2)。
[注]
- (1)Alexander DAYANT and Grace STANHOPE(2024)‘ Mind the gap: China’s BRI megaprojects in Southeast Asia’, Lowy Institute.
- (2)最新の分析と評価として,「遊川和郎,「一帯一路」は何を誤ったのか」,亜細亜大学アジア研究所所報193号,2023年12月25日付けが示唆に富む。
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