世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3421
世界経済評論IMPACT No.3421

国際的な公共財の過少と私的財の過剰

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2024.05.20

 中国の太陽光パネル大手と上海電気集団子会社のコンソーシアムは,2024年5月,ルーマニアでの太陽光発電プラント設計入札から撤退した。中国政府から多額の補助金を得た太陽光パネル大手のコンソーシアムの入札参加は,EUでの公正な市場競争を歪める虞がある,として欧州委員会が4月に調査を開始したからだ。2023年10月,欧州委員会は,中国製EV(電気自動車)が,中国政府からの補助金で価格を抑えて欧州市場に輸出され,EUのEVメーカーが損害を受け,市場競争が歪められる虞があるとして,調査を開始した。外国補助金を受けた輸入品により,EUの産業が不公正な競争に晒され,損害を受ければ,関税上乗せができる。補助金で競争力を付けた中国企業による輸出で,EUの産業競争力,雇用,エネルギー安全保障が危機に晒されている。中国商務省は「EUの調査は主観的な臆測で,十分な証拠の裏付けがなく,WTO規則にも沿わず,強い不満を表明する」とした。

 2024年5月,フィリピン沿岸警備隊は,南シナ海のフィリピンの排他的経済水域にあるサビナ礁で中国船が破砕サンゴを投棄して埋め立てた,と非難した。中国外務省は「根拠の無いでっちあげで無責任な発言だ」とした。中国がサビナ礁を埋め立てれば,フィリピン軍基地のアユンギン礁への補給が困難になる。基地に交替兵員と物資を届けるフィリピン船団は,中国から高圧放水砲で妨害を受けた。十分な根拠が無ければ,既成事実をでっちあげ,主観的な憶測,とする論法は,十分な根拠に機能を見出すモダンの考えで,ポストモダンでは,根拠は意味の有無で試される。十分な根拠の無い限り,SNS上のフェイク・ニュース,偽画像,誹謗中傷記事の削除は,表現の自由の侵害だとして,放置する企業の主張も又,時代遅れのモダンだ。

 中国政府は一帯一路構想で各国政府とウィンウィンの関係を築いている。中国は,国際的なインフラ供給者即ち国際公共財の供給者だ。しかしそれはグローバル公共財ではなく地域的公共財の供給だ。中国政府,相手国政府,中国企業が便益の主な享受者だ。一帯一路構想では,いかなる政治条件も付けず,相手国の自主的発展能力の強化の為に,中国は資金,技術,人員,知識を支援する。現地政権の人気取り事業で,経済効果が少なく債務の罠に陥るリスクが高くても,過剰生産の中国製鉄鋼・アルミニウムの消費と中国人労働者の雇用に繋がれば,支援するのだろう。

 ハーバーマスは『公共性の構造転換』で市民的公共性を言う。パリ五月革命や世界的な大学紛争での公開討議による反体制運動が起こった1968年がポストモダンの開始年だ。公開討議は吊し上げではなく,本来はハーバーマスの言う対話的理性の場だった。ハーバーマスは言う。「公共性と結びついた公権力が,商品と報道の流通の恒常性(取引所と新聞)に対応し,生活圏で地歩を得て来たのが,市民社会だ。市民的公共性は教養ある市民を基準にする自由主義的モデルの構造と機能を持つ。工業社会下で権威主義により統制された公共性というポピュリズムが現れた。そこでは言葉は,目的を達成する為の最適手段を選ぶ道具的理性を伝える。他方,自由主義的モデルも福祉国家的に形を変えたが,言葉は相手との間に理解や合意を生み出す対話的理性を伝える本来の形を保っている。」

 SNSでの無責任発言は,教育があっても教養の無い市民的公共性を無視したもの,十分な根拠がない限り主観的な憶測だ,とする中国政府の発言は,権威主義の下で経済的に豊かになりさえすれば,とする統制された公共性だろう。

 中国がEV車超大国になったのは,EV等の新エネルギー車の生産台数目標に応じた政府補助金,ガソリン車メーカーが燃費目標未達の場合,新エネルギー車メーカーからクレジットを購入しない限り課徴金を払う産業政策,大都市での渋滞・排ガス政策の車ナンバーの取得制限がEVには無いこと,による。産業政策が中国製EVの過剰輸出を生んだ。

 私的財のみでは十分な供給がなされない市場の失敗を補うのが公共財だ。WTO規則が許す政府補助金は幼稚産業保護と研究開発だ。中国製鉄鋼,アルミ,EV,太陽光パネルは過剰生産により世界中に輸出されている。輸出先のこれらの財の生産企業が倒産すれば,中国は失業を輸出している。

 「2030年迄に二酸化炭素排出量をピークアウトさせ,2060年迄にカーボンニュートラルを実現する」,「共同富裕」,「質の高い発展」を習近平国家主席は言う。世界の太陽光パネルの生産シェアの7割は中国製で,世界シェアの5割は新疆ウイグル自治区の工場で,温暖化の悪役・石炭火力発電による安価な電力で多結晶シリコンを焼結し作られている。世界の太陽光パネルメーカーを倒産に追い込み中国企業の独占市場にしてから,石炭火力を止める費用を独占価格の上昇で賄う,思惑だろうか。「21世紀の責任ある超大国」中国は,権威主義的な社会主義国・中国にとり都合よい形で,グローバル公共財である公正なクローバル市場経済の一部崩壊を目指しているのかも知れない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3421.html)

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