世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3391
世界経済評論IMPACT No.3391

ソーシャルファイナンスの新潮流:地域金融機関の役割と挑戦

伊鹿倉正司

(東北学院大学 教授)

2024.04.29

 2015年に「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)」が国連サミットで採択されて,はや9年が経とうとしている。一時期,カラフルなSDGsバッジを付けたビジネスパーソン(特に金融関係者)が雨後の筍のように増えたが(実は筆者も付けていた),最近ではあまり見かけなくなったのは摩訶不思議である。

 メディアをあげた「SDGs推し」がクールダウンする一方,人々の貧困,教育,不平等といった普遍的な社会課題に関する理解・関心は確実に高まっているように感じる。日本政策金融公庫が2024年3月に公表した起業予定層のソーシャルビジネスに対する意識調査によれば,起業予定者全体の7割弱が「こどもの健全育成」「まちづくりの推進」「保健,医療,福祉の増進(高齢者支援,障がい者支援を含む)」などのソーシャルビジネス分野での起業を検討しており,社会課題を他人事とせず,自分事として解決に取り組もうとする雰囲気が社会に広がりつつあることは喜ばしい。

 このようなソーシャルビジネスの関心が高まる中で,近年ではソーシャルビジネスを資金面から支えるソーシャルファイナンスも注目を集めている。従来,営利企業と異なり,資金供給の見返りとして金銭的リターンを必ずしも約束できないソーシャル企業には,当然のことながら既存の民間金融機関は資金供給(融資)に極めて消極的であった。そのためわが国においては,主として日本政策金融公庫がソーシャルビジネス向け融資を手掛けており,2022年度の融資実績は15,296件,1,265億円が実行された。

 そうした中で,近年,これまでソーシャル企業への融資に消極的であった民間金融機関の中でも,グリーンローンやサステナビリティ・リンク・ローンなどに加えて,ソーシャルローンに取り組む地域金融機関が増加している。例えば,横浜銀行は,地域医療の充実を目的としたソーシャルローンを,2022年10月に横浜市の医療法人に対して実行した。また,京都中央信用金庫は,2024年3月に京都府八幡市の特別養護老人ホームに対して,全国の信用金庫としては初めてのソーシャルローンを実行している。今後,多くの地域金融機関がソーシャルローンに取り組み,実績を重ねていくことで,わが国のソーシャルファイナンスのすそ野を広げることに一役を買うことになろう。

 とはいえ,ソーシャルローンが今後普及していくには,数多くの高いハードルを乗り越えなければならない。その中で最も重要なハードルは,ローン案件の社会的インパクトの明確な測定基準の確立である。現在は,英国の国際ローン市場協会(LMA)などが定める「ソーシャルローン原則」に適合していることを,日本格付研究所といった第三者評価機関が認証することでローンが実行されるが,ソーシャルボンドのような公的なガイドライン(実務指針)が策定されるまでには至っていない。より明確かつ一般的なインパクト測定基準がなければ,金融機関としてもソーシャルローンへの資金配分を正当化し,その取り組みを継続することは難しい。2024年3月に中小企業庁より示された「地域課題解決事業推進に向けた基本指針」においても,ソーシャル企業(ローカル・ゼブラ企業)の社会的インパクトの可視化の重要性を指摘している。

 加えて,融資の現場におけるソーシャルビジネスの理解度の向上も重要であるが,これに関しては,京都信用金庫などの信用金庫や龍谷大学(京都府)が2021年4月に立ち上げた「ソーシャル企業認証制度」が注目されている。この制度は,一般社団法人ソーシャル企業認証機構が運用する制度であり,同機構が申請企業の企業理念や企業活動,企業活動の成果,社会的インパクトなどを評価し,ソーシャル企業の認証を行うものである。制度発足からわずか3年程度ではあるが,ソーシャル企業の認証を受けた企業はすでに1,000社を超えている。また,ソーシャル企業の認証申請においては,制度に参加している信用公庫に配置されたソーシャル企業認証アドバイザーが申請支援を行っており,このような仕組みの存在が,現場職員のソーシャル企業に関する理解度向上に寄与し,ソーシャルローンの今後の普及につながるものと考えられる。ソーシャル企業認証制度は,現在は近畿地方に限定されたものであるが,今後,同様の取り組みが全国に広がることを願う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3391.html)

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