世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3389
世界経済評論IMPACT No.3389

ウクライナの劣勢とマクロン大統領の派兵発言

田中素香

(東北大学 名誉教授)

2024.04.22

 3年目に入った戦争でウクライナの苦境が深まっている。都市への執拗かつ大規模なミサイル攻撃と前線の弾薬不足が主因だ。

 23年6月に始まったウクライナ軍の領土奪回作戦は,F-16戦闘機など空からの支援がなく当初から問題ありだったが,実際にもロシア軍の堅固な防衛陣と新型戦闘機を使ったミサイル・爆弾攻撃によりウクライナ軍は劣勢に追い込まれ,失敗に終わった。

 トランプ前大統領は今年2月上旬,軍事費負担の不足するNATO加盟国への攻撃をロシアに「促す(encourage)」と警告し,NATOの将来に暗雲が広がった。共和党議員の反対で米国のウクライナ支援予算600億ドルは承認されず,米国からの弾丸類の供与も今年に入り止まったままだ。極端な弾丸不足により,ウクライナ軍は今冬から劣勢となり,東部戦線でいったん取り返した拠点をロシア軍に奪還されている。

 ウクライナの敗北さえ展望に入るこの情勢を受けて,本年2月頃から,EUでも政治リーダーの状況認識が大きく変化してきた。

マクロンのウクライナ派兵発言

 今年2月26日パリで開かれたウクライナ支援会議で,マクロン大統領は「今日,ウクライナに地上部隊を送るべきかどうかについて,欧州諸国の間に合意はない。だが私は,情勢が激しく変わってきたときには,特定のオプションを排除すべきではないと考えている。フランスがウクライナに地上部隊を送る可能性はある」と述べた。このマクロン発言は,「派兵せず」というNATO路線を越えており,反響が広がった。

 ブリンケン米国務長官は,4月のパリ訪問中に,ウクライナによるロシアの燃料貯蔵所への攻撃を批判し,米国はウクライナ領土外の標的への攻撃を支持していないと強調した。これに対して,フランスのセジュルネ外相は「それはウクライナ人の自衛権だ(国際法も認めている)」と語った。これにより,フランスは現在ワシントンより厳しい道を追求していることが明らかになった,とドイツの日刊紙は書いている。

マクロン大統領とショルツ首相の「親ロシア」的方針の挫折

 2022年2月のロシア侵攻後にも,マクロン大統領は「ロシアをはずかしめてはならない」と発言,評判になった。マクロンは2022年春大統領2期目に選出される際に,「トップ級の調停者としてクレムリンを説得・牽制できる」と仏国民に訴えていたのである。彼は,直接会見と電話で合計100時間もプーチン説得にあたった。ショルツ首相も電話で説得した。

 1970年代以降のヨーロッパ経済(とりわけドイツ経済)の発展は,EU統合と良質豊富安価なロシアの化石燃料供給とのドッキングが基盤だった。今回の戦争はその基盤を打ち壊す愚挙だと仏独の首脳はプーチンに呼びかけたに違いない。EUの3大国・仏独伊には親ロシアの政治潮流が左派・右派ともに強力であり,政治家はそれを考慮せざるを得ない。

 かつてソ連の共和国だったバルト3国や属国化されたポーランドは,ロシアとプーチンの本質を知り抜いている。ウクライナが負ければ「次は自国」と認識し,ロシアへの強硬方針を貫いてきた。マクロンの派兵発言はそちらへの歩み寄りを意味する。マクロンは3月にも「ロシアの敗北なしにヨーロッパの安定はない」と踏み込んだ。

ドイツ連邦軍のリトアニア駐屯の開始,徴兵制,ヨーロッパの核武装

 ウクライナ派兵を否定したドイツ政府も,パトリオット迎撃ミサイルの追加供与を決め,強力ミサイル「タウルス」供与の議論も続いている。スウェーデンは2017年徴兵制を復活させたが,ドイツでも国防相を中心に徴兵制復活の話が進む。ドイツ政府は連邦軍4800人をリトアニアに駐屯させる活動に着手した。連邦軍独自の海外駐屯は戦後初である。エストニアには英軍,ラトビアにカナダ軍,ポーランドには米軍が駐屯する。

 ドイツのシュレーダー政権(1998~2005年)で外相をつとめ,今日も世界のオピニオンリーダーの一人,ヨシュカ・フィシャー(緑の党)は,昨年12月のインタビューで,「ドイツの核武装はノーだが,ヨーロッパの核武装は必要」と発言し,注目を集めた。ただ,「ヨーロッパの核武装」の意味は不明。インタビュアーがもう一段踏み込むべきだった。

新情勢

 大統領選挙大勝とナワーリヌイ死亡とで調子に乗るプーチンは「ロシアは欧米と永続的な戦争を戦っている」と,まるで冷戦時代のソ連首脳のような発言をしている。優勢のロシア軍は5月にもウクライナへの大規模な侵攻作戦を開始するとの予想が強まる。

 マクロン大統領は3月,「もし戦線がオデッサあるいはキーウの方向に動いたら,我々はどうするのか? 我々の介入にはいかなる制限もあってはならない」と話した。EU諸国は今マクロンの派兵提案を含めて支援強化を協議している。ウクライナが敗北すれば,次の戦争の恐怖はバルト3国とポーランドでは済まず,EUのあり方が根底から問われる。「もしトラ」が加われば米中ロを向こうに回してEUの事態は更に深刻になる。

 5月にマクロンはドイツを訪問,支援の質的強化を協議する。短期間でどこまでいけるか。EU諸国の軍需品生産能力,安全保障権限を加盟国がもつEUの弱点など問題は根底的だ。

 岸田首相は最近の米議会の演説で,「日本はこれからもウクライナとともにある」と述べた。日本政府開催の2月19日の支援会議ではウクライナの経済復興が議題だった。だが今は,世界の民主主義の最前線を守るための軍事・安全保障支援が焦点だ。日英伊共同生産の戦闘機の輸出には道が開けた。安全保障の分野で日本が「共にある」ための方策は工夫できないのだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3389.html)

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