世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
劣化する日本社会:魚は頭から腐る
(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)
2024.01.22
今年(2024年)の年賀状には,日本社会の劣化と将来を憂慮する内容のものが目についた。多くの知人や友人が,とっくに現役を退いた80歳前後であり,自分たちが活躍した過去を美化するのは否めない。それを差し引いても,2023年は,「組織は上層部から腐敗する」と思える事件が続生した。これらの多くの事件は,先進国では考えられないような,個人ではなく長期にわたる組織ぐるみの事件なのである。
ビジネス界では,ビッグモーターの自動車保険の不正請求事件や損害保険会社との癒着構造,損害保険会社の談合事件が発覚した。また,英国の公共放送BBCの番組によって,旧ジャニーズ事務所「現・スマイルアップ」の故ジャニー喜多川社長の性加害問題が白日の下にさらされた。同時に,こうした問題を認識していながら,ジャニーズ事務所のタレントを使用しつづけたメディアの問題も明るみになった。教育現場でも,日本大学ではアメリカンフットボール部の学生による薬物事件への対応を巡って理事会が混乱し,学長と副学長が辞任する事態が生じた。
安全保障問題が強化されるなか,噴霧乾燥機の輸出をめぐって,大川原化工機に対する冤罪事件も生じた。2021年に会社側が国および東京都に対して損害賠償を求めて国家賠償請求を提起した。昨年(2023年)12月に東京地方裁判所の判決によって,警視庁公安部および東京地検の捜査,逮捕,拘留についての違法性が明るみにでた。現在,これに対して,被告である国と東京都,原告の会社側ともに控訴している。
なかでも驚いたのが,大学教授によって告発され,東京地検特捜部が動いた自民党派閥のパーティ資金キックバックの政治資金収支報告書への未記載(誤記載)問題であった。未記載金は裏金に使われたのではないかと,「政治とカネ」の問題が再燃した。
これまでも,1970年代のロッキード事件,1980年代のリクルート事件,1990年代の日本歯科医師連盟事件や東京佐川急便事件など「政治とカネ」を巡る事件が生じていた。そうした問題を受けて,政治資金規正法はたびたび改訂された。2007年の規正法改正で,国会議員関係政治団体を第三者が会計監査する「登録政治資金監査人制度」ができた。研修を受けた弁護士,公認会計士,税理士らが点検する制度をつくったが,点検対象は国会議員が代表を務める資金管理団体などで派閥は含まない,となっている。
今回の「政治とカネ」問題は,今までの事件とは若干異なり,派閥体制を有する自民党の統治の問題であるといえる。現在の規制法では,政治資金収支報告書の記載責任者は会計責任者になっている。そのため,証拠によって国会議員との共謀が証明されない限り,国会議員が罪に問われることは少ない。報道によれば,今回の事件でも,特捜部は共謀が認められる数人の個人を除いて,派閥の会計責任者や会計担当秘書を略式あるいは在宅起訴し,派閥の長や幹部である国会議員は起訴しない方針を打ち出している。
今回の問題を受けて,岸田首相は早々と「政治刷新本部」を設置したが,規制法改正に取り組む姿勢を打ちだしているに過ぎない。しかも,議論の内容は,再発防止のための制度設計を全面に打ち出しており,問題の本質に迫る考えはないようだ。さらに,岸田首相自らの派閥にも記載もれが発覚した。首相はせっかく設置した政治刷新本部での議論も進まないうちに,自らの派閥解消を検討すると発表した。
日本政府は,日本は「法の支配」にもとづく民主主義国家であると常に強調し,権威主義国家との違いを強調する。法の支配は,法を遵守することが前提ではないか。
今回の事件では,なによりも,なぜ自民党の派閥で多くの議員の政治団体で,収支報告書に合法的に認められているキックバックの金額を記載しなかったのかを明らかにしなければならない。これが明らかにならない限り,「政治資金規正法」をいくら改正しても,当事者たちは,再び新たな抜け道を見つけ出そうとするのは想像に難くない。なぜ立法府を構成する国会議員からなる派閥が,そして多くの政治団体の会計責任者が,単純な法律を遵守することなく未記載問題を引き起こしたのかといった本質を明らかにできないようでは民主主義国家とはいい難い。
政党,企業,大学,メディアの不祥事が続いたのを見ていると,法律的な問題は別にして,組織の統治を有効にするために存在するはずの内規が,トップによって無視されているように思える。例えば,今回の政治資金収支報告で問題となっている派閥の長たちは,2017年3月に自民党総裁任期2期6年から3期9年に党則を改正した。そして,これを次の総裁に適用するのではなく,その時の総裁が総理の座についた。
また,大学でも学生が問題を起こした場合には,教育的な配慮をしながら,どのような手続きで処分するのか内規で決められており,明確な機関決定がなされなければならない。これは,企業でもメディアでも同じだと思う。ところが,こうした内規をトップが無視し,自らの独断で物事を決めてしまう傾向が見られる。
不祥事が生じたときの当事者は,「大変遺憾なことであり重く受け止めている」という。また,こうした事件が起こると決まっていわれるのが,「忖度」「組織風土としてできないといえない」「風通しの悪さ」「悪しき慣習」といった言葉である。悪いことと知っていても,それを止めることができずに悪いことをおこなう組織は,民主的ではない。トップの劣化は日本社会全体の劣化をもたらしているといえよう。まさに,「魚は頭から腐る」のである。
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