世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3218
世界経済評論IMPACT No.3218

ドル本位制の下での大復活

武者陵司

(武者リサーチ 代表)

2023.12.11

 本年も年末にかけて急速な円安が進み昨年安値の151円に並んだ。この間の円安を市場関係者やエコノミストは日米金利差で説明してきた。しかし7月以降米国利上げが一巡する一方,日本の長期金利が上昇し金利差が縮小する中でさらに円安が進んだ。ここ1年半の110円から150円までの急激な円安は金利差だけでは説明できないことである。

 エコノミストも市場参加者も為替に関する因果関係を逆転させなければいけないのではないだろうか。為替は経済実態を投影しているのではなく,多くの場合「原因」であると考えられる。歴史を振り返ると為替は経済実態の「結果」なのではなく,将来の経済実態を形作る「原因」として機能してきた。

 歴史を振り返ると,覇権国は常に為替を経済支配の最もパワフルな道具として使ってきた。ローマ帝国時代から今日に残る遺跡を見ると,このことがうかがわれる。帝国の中枢には現在でも豪華堅牢なコロセウム,カラカラ浴場などの構築物の遺構が見られる。この巨大な構築物を支えた富はどこから来たのであろうか,と旅行者は思案する。きっと権力,武力による収奪が横行していたに違いないと考えたくなるが,多分そうではない。ローマ帝国の辺境ブリタニアやゲルマニア,イスパニアからは山のような青銅製ローマ貨幣が発掘されている。ローマ帝国中枢はガラクタに近い金の含有がほとんどない青銅貨を辺境に輸出することで,多くの財貨を辺境から集積していたのであろう。通貨を使った巨額の価値移転が富の集積を進めたのである。

 同様のことがドル本位制の今日,世界経済で展開されている。青銅貨どころか,ペーパードル紙幣を各国が山のようにため込み,米国は返済義務のない巨額の債務を世界に対して積み上げている。米国だけがほかの国では到底許されない規模の大幅な経常収支赤字額を出し続け,その累積額は15兆ドルに達しているが,米国はその赤字を是正しようとはしない。基軸通貨国米国はひそかに富のステルス収奪を行っているのである。それが米国経済の強さ支える柱になっている。これは欺瞞的変動相場制などではなく,覇権国(帝国)による通貨支配,換言すれば真性ドル本位制に他ならない。

 このように為替は覇権国米国の国益を追求する道具であり続けた。この為替の威力を動員してなされたのが,1980年代後半以降の日本たたきである。米国はかつて経済的に過大プレゼンスとなり米国の経済優位を脅かした日本をたたくために超円高を用いた。日本円は購買力平価の2倍という懲罰的円高を長期にわたって強いられ,半導体・エレクトロニクスを始め製造業競争力を衰弱させた。また超円高は日本の賃金を国際水準の2倍に引き上げ,国内での長期賃下げ圧力を引き起こし,デフレを定着させた。日本の失われた30年は米国の日本たたきとその手段としての超円高の結果とみて良い。

 その米国が,まるで手のひら返しのように急激な円安を誘導している。共産中国とは共に天を戴かずと決めた米国は,脱中国のサプライチェーン構築のため,日本の産業復興を切望している。そのために米国が,円安を必須と考えているのである。日本円は購買力平価を4割も下回る空前の割安さとなった。超円高で海外に流出した世界需要が一気に安価な日本に集中し始めた。日本企業は価格競争力を飛躍的に強めつつある。

 韓国が2008年から2013年の著しいウォン安の過程で競争力高め日本のハイテク企業をなぎ倒したが,円安の定着は日本産業の劇的再台頭を準備するだろう。日本は巨大な製造業立国として,サービス(観光)立国として再登場するだろう。1ドル110円でも世界最強であったトヨタは1ドル140~150円が定着したらどこまで強くなるのだろうか。経団連が円安の負の側面を検証すると伝えられるが,逆である。日本企業は円高という現実に対応して生産を海外に移転して生き延びたが,今は円安を享受し日本への生産回帰で更なる飛躍を目指すべき時である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3218.html)

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