世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3153
世界経済評論IMPACT No.3153

円安ドル高はどこまで行くのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.10.16

日米債券利回り格差の拡大

 円の対米ドル為替レートは10月3日に一時1米ドル=150円を超えた。米ドル売り円買い為替介入を実施したとの観測もあって押し戻されたが,その後も148,9円台で推移している。円安ドル高の背景には,米国債利回りの急上昇による日米間の債券利回り格差の拡大がある。米国の10年物財務省証券利回りは3月には3.3%前後だったが,10月上旬には一時4.8%台まで上昇した。日本の10年物国債利回りとの格差も,3月には3%前後であったものがほぼ4%にまで拡大した。

 早期利下げの公算が低下したとの見方が米債利回りの上昇の背景にある。ただ,実質金利の指標であるインフレ連動債利回りが10年債で2.4%前後まで上昇し,米議会予算局の推計で年率1.8%程度とされる潜在成長率をかなり上回った点では,長期的な均衡水準を超えたと考えられる。また,米国のインフレ率は低下基調にあり,債券市場における期待インフレ率指標である10年のブレークイーブン・インフレ率は2%台前半で安定している。こうした点から見ると,米10年債利回りがさらに大きく上昇する可能性は小さそうだ。さらに,実質金利上昇の影響が経済全体に広がり,米景気がもっと減速すれば,米債利回りは低下することも考えられる。

購買力平価から見ると円は大幅に割安

 10月10日に発表されたIMF(国際通貨基金)の新たな世界経済見通しによれば,円の米ドルに対する購買力平価為替レートは2023年には1米ドル=90.6円と推計されている。これを基準にすると,現在,円は米ドルに対して65%程度割安ということになる。購買力平価から見た円の割安度合いは1995年以降,傾向的に高まっている。これは日米の生産性上昇率の格差を反映している面があるようだ。米国の就業者1人当たり実質GDPは1995年1-3月期から2023年4-6月期までに年率1.5%伸びているが,日本では0.6%の伸びに留まっている。ただ,2020年には円の割安度はまだ10%以下であり,2021年からの円の割安度の高まりはあまりに急激だった。こうしたことから,基本的には1米ドル=150円を大幅に超える円安にはなりにくく,米債利回りの上昇に歯止めがかかれば,少なくとも一旦は円安ドル高の動きに調整が生じてもおかしくないと考えている。

新NISAが資本流出のきっかけになる可能性

 ただ,注意すべき点もある。日本経済がデフレ基調であった間は,物価が下がる分,金融資産の価値は実質的には増えたので,低金利の円建て資産を保有していても損はなかったと言える。しかし,インフレ率が高まり,金利を大きく上回ってきたことで,円建て資産の価値が目減りする状況に変わっている。

 そこに2024年1月から新NISAが始まり,これまでより大きな金額を非課税で投資できるようになると,外貨建て資産への投資が増えそうだ。さらに,非課税期間が無期限になるため,積立投資などで一旦購入された外貨建て資産は,短期で売却されて円に戻されにくいと見られる。

 こうした資本流出によって円安が進むと,円安が日本の物価を一段と押し上げるだろう。インフレ率の上昇に金利上昇が追いつかないと,資本流出に拍車がかかり,さらなる円安を招くというスパイラルが生じかねない。

 新NISAは多くの人々の資産形成を促すものとして歓迎されるが,内外の金利差が拡大する一方,国内では金利水準がインフレ率を大きく下回る状況のもとで始まると,政府や日銀にとって想定外の副反応を招くことになるかもしれない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3153.html)

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