世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
デジタル化,DX成功の底流にあるもの
(国際社会経済研究所(IISE) 主幹研究員・立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)
2023.10.09
デジタル化,DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉を頻繁に見聞きするようになった。独立系IT調査・コンサルティング企業であるITRが実施した「IT投資動向調査2023」では,回答した約2200社の国内企業の85%がDXを重要事項と位置付けている。官民のデジタル化,DXへの期待が高まる現状を見て私が懸念するのは,横文字言葉のイメージが独り歩きして「デジタル化,DXのためのIT投資をすれば大きな成果が得られるだろう」という楽観的でナイーブな思い込みが一部にあるのではないかということだ。
今日デジタル化とDXは同義語として使わる場面も多いが,デジタル化が広い意味を持つことが一部で混乱や誤解を招く原因になっているかもしれない。デジタル化にはまず書類等の物質的な情報をデジタル形式に変換するデジタイゼーション,次に組織の業務プロセスをデジタル化していくデジタライゼーションの段階がある。DXとはその先にあるもので,従来のIT技術を活用した省人化,自動化,効率化とは異なるものである。経済産業省はDXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し,データとデジタル技術を活用して,顧客や社会のニーズを基に,製品やサービス,ビジネスモデルを変革するとともに,業務そのものや,組織,プロセス,企業文化・風土を変革し,競争上の優位性を確立すること」と定義している。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した世界競争力ランキング2023で,日本は前年より順位を1つ下げ,35位だった。順位は2年連続で低下し,過去最低を更新している。評価項目は,経済実績,政府の効率性,ビジネスの効率性,インフラの4項目だが,特に政府とビジネスの効率性の改善についてはでデジタル化,DXの成功が重要になる。日本はこのランキングで1989年から1992年まで1位だったことを考えると,この30年でデジタル敗戦国になっていると揶揄されるのも仕方がないかもしれない。
私は数年前に英ロンドン市のDXプロジェクトに携わっていたが,地方自治体の担当者から聞いた話では,福祉手当の給付などの市民サービスの1件当たり提供コストは,対面対応では約1500円なのがコールセンターでは600円,オンライン30円で何と50倍安くなるという。英政府からの補助金が削減される中で市民サービスのレベルを維持するというDXの目的が明確に設定,市民とも共有されていた。また,この地方自治体はデジタル化で生まれた費用削減分をDXを提供するIT企業と分配する契約を結んでいる。こうした現場での努力の積み重ねが政府の効率性向上に結び付いていくのだろう。
それでは何が日本のデジタル化の進展を妨げているのか? 答えは先進テクノロジー導入の遅れではなく日本の文化と社会環境にあるのではないか,というのが私の仮説である。私は大学で異文化経営論を教えているが,この分野の研究では日本は,他国に比べリスクを避け,コンセンサスを重視する文化を持つことが指摘されている。DXのXは英語のトランスフォーメーションの略だが,この言葉はサナギが蝶になるなどの根本的な変化,変形,変質を意味している。DXにより既成概念の破壊を伴う非連続で抜本的な変化を社会や企業に起こす際に,リスクを極力回避すると同時にコンセンサスを重視する日本社会,企業の文化が大きな障害になることは明白である。また,世界的に見て日本人は教育水準が高く勤勉で真面目な国民性を持っていると思うが,それ故に伝統的なアナログ的業務プロセスやシステムに過剰適応している面があると思う。海外を見れば多民族社会で移民の多い欧米では銀行や役所の窓口で長時間待たされたあげくミスが起こることも多く,それならPCやスマホから自分で手続きをした方がHappyという人が多数派を占める。
単一民族,単一文化の日本では想像しづらいかもしれないが,欧米諸国のこうした社会環境が海外でのデジタル化を後押ししている面もあると思う。私が昨年まで住んでいた英国ではデジタル化により銀行の支店はほぼ無人化されているし,地方自治体の顧客窓口も多くが閉鎖されオンライン対応に切り替えられている。当初は不便になると文句を言う声もあったが今ではそれが当たり前として人々に受け入れられている。また,新しいやり方に一旦慣れてしまえば,手続きのために窓口に出向く必要がないので時間の大幅な節約になるなどのメリットが見えてくることも多い。
変化はリスクを伴うが同時にチャンスでもある。世界の中でも急速に少子高齢化が進みつつある日本にとってデジタル化の波は千載一遇のチャンスだと思う。グローバル競争の中で自国経済や産業の競争力を強化し人々の生活水準を高めていくには,ビジネスモデルやプロセスの大胆な変革を伴うDXを成功させて生産性を上げながら新たな価値を創出していくことが不可欠だ。その意味でDX成功の本質はテクノロジーではなく,デジタル化の経済的メリットを可視化すると同時に,就業構造や職種の変化に人々が柔軟に対応出来るような社会/労働環境の整備に向けた官民による包括的なアプローチの実践だと考える。
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