世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3138
世界経済評論IMPACT No.3138

中国EVのドイツ進出:フォンデアライエンの「中国EV補助金調査」をめぐって

田中素香

(東北大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2023.10.02

 9月25日の日経朝刊に滝田洋一氏が,宮沢賢治の小説を題材に,中国という「注文の多い料理店」に取り込まれたドイツ企業の末路を示唆していた。おいしい料理をたっぷり提供してくれる中国市場を信用してどっぷりつかったドイツ自動車企業は,実は取り込まれていたのであり,やがて食われてしまいかねない,というのである。日本企業への警告でもある。

 中国は21世紀の早い時期に,「世界を中国に依存させるが,中国の世界依存は縮小する」という戦略を採用した。孫子かどうかはともかく,中国流の「兵法」である。グリーン化という世界の将来路線がその格好の場とされた。EV関係では原材料(レアアース・レアメタルなど)からバッテリーまでを支配下に置き,EV分野で「世界を中国に依存させる」方式を完成した。国家補助金を大規模につぎ込んで安価なバッテリーを中国企業に開発させ,EV製造技術もマスターして,年産700万台のEV生産能力をもち,国内はすでに生産過剰,本格的な輸出へと動き出した。

 アメリカ市場は27.5%の関税とバイデン政権の中国企業への厳しい対応により,展望が見いだしにくい。EU市場は関税10%,グリーン化をかかげて中国企業に格好の市場を作ってくれている。

 中国製EVのドイツ市場への輸出についてケルンの経済研究所のレポートがある。2022年に進出開始,1万4521台を販売した。23年は1~7月で2万1526台に増えた。9月のミュンヘン・モーターショーでも中国製EVは1400万円の高級車から400万円台の普及車まで豊富に品揃えして、他国を圧倒した。ドイツでは,2023年1〜3月は輸入乗用EV市場の28%が中国製と,前年同期の3倍に増えた。

 2022年ドイツに輸出した中国企業は3社,Smart 7676台,Lnk&Co 1996台,MGRoewe 4849台だった。SmartとLnk&Coは,スウェーデンのVolvoを買収したGeely(吉利汽車)の系列で,ヨーロッパ市場の知識が豊富だ。MGRoewe はもともと英国企業で,中国企業に買収されたが。フォルクスワーゲン(VW)系の企業である。つまり,旧ヨーロッパ系の企業がまず輸出した。2023年は7月までに,EVトップのBYDをはじめ中国EV企業8社がドイツに輸出している。

 フォンデアライエン欧州委員会委員長は先日,「中国のEVが補助金を得て不当に安く生産されている可能性があり,調査を行う」と発表した。フランスは補助金を理由に中国製EVへの相殺関税賦課を強く主張する。だが,ドイツを見る限り,関税賦課に進むのは難しいように思える

 まず,ドイツ自動車3大企業は中国市場への依存度が非常に高い。EUの相殺関税に対抗して中国がEU製の輸入車に関税をかければ,ダメージが大きい。また,上述したように,Geelyはメルセデスベンツの協力パートナーであり,株主でもある。MGRoeweはフォルクスワーゲン系である。中国で国産品愛用運動が強まり,EVの人気急上昇と合わさって,日独米の乗用車は中国市場で苦境に立たされ,VW系,メルセデス系の企業がEU市場に活路を求めた。BYDのような純中国系企業のEV車に関税をかけ,ドイツ系企業の輸出車には関税免除というわけにはいかないだろう。そして,EUに限らず世界の自動車生産企業はバッテリーの原材料となるレア鉱物を中国に大きく依存していて,貿易戦争は難しい。

 フォンデアライエン委員長提案の調査は最長1年余りの期間をかける。そうこうしているうちに,中国EV企業はEUで現地生産に乗り出す。相殺関税では対応できない。中国のEV系や太陽光発電系の企業が,フォンデアライエン委員長の下でEUが進めたグリーン化の法律を最大限に活用するという皮肉な構図になりかねない。「世界を中国に依存させ,中国の依存は減らす」戦略にはまった西側の対応は非常に難しい。

 バイデン政権のように露骨に保護主義をとれればまだいい。だが,そういう荒療治ができるのはアメリカだけだろう。保護主義すら難しいEUに対応策はあるのだろうか。欧米連合構築の提案も出されている。日本も対応策が必要ではないか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3138.html)

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