世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3132
世界経済評論IMPACT No.3132

金融リテラシーで何を教えるか

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2023.10.02

ヨーロッパの調査

 2023年7月に公表された欧州委員会による金融リテラシー調査(Flash Eurobarometer 525)では,分散投資の有効性を理解している人が56%,単利と複利の違いが分かる人が45%,債券価格と金利の関係が理解できる人が20%という結果が出た。

 まずは,どのような調査をしたのか詳しく見てみよう。

 分散投資については,「複数の企業の株式を保有すると,1企業の株式だけを保有するよりもリスクは?」という問いで,高い,低い,同じ,分からない,という選択肢がある。この問いで分散投資の理解を測れそうではある。

 次に,単利と複利については,「100ユーロを金利2%で5年間預けるといくらになるか?」という問いに対して,110ユーロより多い,ちょうど110ユーロ,110ユーロより少ない,分からない,から選択する。実際に複利計算が分からなくても,「問題になるくらいなのだから110ユーロではなく110ユーロより多いになるだろう」,と答える人が一定数いるだろう。さらに,この問いではそもそも複利計算を知っているのかどうかは分からない。

 債券価格と金利については,「金利が上がると債券価格はどうなるか?」という問いに対して,債券価格は上がる,変わらない,下がる,分からない,が選択肢だった。このうち,上がると答えた人が29%で最も多かった。

「金融」よりも「リテラシー」が重要

 金融リテラシーの必要性は疑いようがなく,上記のような調査は各国で行われている。しかし,筆者はこのような調査や教育は方向性が間違っていると考えている。ロマンス詐欺や投資詐欺などの詐欺は世界中で多発している。お金を使う際にはもっと保守的な思考が必要だ。また,先進国で発生しているインフレのせいで生活が破綻する人が増えている。普段から手取り収入の80%くらいで生活する習慣があれば,20%程度のインフレには耐えられるはずだ。

 お金に対する保守的な態度や収入と支出の管理は,「リテラシー」であり,「金融」よりもレベルの低い話のように思える。しかし,金融リテラシーは身を守るための知恵であり,まずは「お金」にまつわる基礎を習得する必要がある。専門家たちは,「金融」という言葉に引きずられて,または単に専門家らしく振舞うために,一般の人が難しいと思うトピックを選んでいる。金融の難しい用語を学ぶよりも貯蓄をする習慣をつける方が身を守ることに役立つ。

 例えば,住宅ローンでは固定金利や変動金利よりも,頭金を2割ほど用意する,借入額の上限まで借りない,などの原則をしっかり守る方が重要だ。業者はできるだけ支出させるために煽ったり脅かしたりする。人は現在の状況がずっと続くと思いがちであり,都合のよい将来シナリオを描く傾向にある。それが家計の脆弱性につながる。重要な決断は即決しない,病気や事故に遭うなど自分にとって都合の悪い将来も想像してみる,といったルールに従うだけで脆弱性を下げることができる。

教育は一度では終わらない

 金融リテラシー教育は小学生から始めるのがいいだろう。小学生には小遣いの管理などから始めるとよく,住宅ローンの話をしても意味がない。私たちは金融リテラシー以外にも学ぶべきことが多くある。人生のステージに合わせて内容を変えていく必要があり,つまり,生涯にわたって教育をする必要があるといえる。

質の良い教材を

 金融リテラシーに関する情報はウェブ上にあふれているが,多くは特定の金融商品やサービスに紐づいていたり,正しくない情報であったりする。そのような質の低い情報をコピーしただけのサイトもある。誤った情報をもとに勉強しても身を守ることはできないのは明らかだ。質の良い教材の開発が求められる。例えば,日本銀行が運営する「知るぽると」は質の良い教材だといえる。

 金融リテラシーをマスターして,より高度な知識を必要とする人は,アセットマネジメントを学ぶことになるだろう。アセットマネジメントは時間も含めた個人の資産の配分方法を学ぶ分野であり,投資情報ではない。一般向けのアセットマネジメントの良い教材の開発も欠かせない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3132.html)

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