世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3093
世界経済評論IMPACT No.3093

バイデノミクスと習近平マルクス主義:同じ「産業政策」で敗れる中国

朽木昭文

(ITI 客員研究員)

2023.09.04

 バイデン氏は,2024年の米大統領選挙向けにバイデノミクスという言葉を強調し,経済政策は幼稚産業保護の「産業政策」である。習近平氏の中国はマルクス主義思想と中華民族文化の融合による「産業政策」である。アメリカは「所得の再分配」と呼び,中国は「共同富裕」と呼び,両者が「公平」の政策面で共通する。米中は,根底で思想(イデオロギー)は異なるが,結果として実施される産業政策と公平政策は一致する。現状では,アニマルスピリッツを抑制する点で中国が経済覇権争いに敗れる。

1.バイデノミクスとは

 バイデノミクスはアンチ・トリクルダウン経済学であるとバイデン大統領はサウスカロライナ州の演説で述べた(注1)。バイデノミクスは,政府の役割を重視する(注2)。

 第1にアメリカ国内での成長の面での雇用創出である。第2に公平の面での格差の解消を目指す。太陽光発電の製造拠点形成のための優遇措置があり,また半導体産業の国内誘致のための優遇措置がある。このために2022年8月にインフレ削減法,CHIPS・科学法が署名された。

 バイデノミクスは,市場の失敗に対しての「政府の役割」を大きくする。「産業政策」は,市場の失敗の「幼稚産業保護」であり,半導体産業への補助金である。また,サプライチェーンの強化は,経済安全保障であり,国防としての「公共財」の提供である。脱炭素技術の開発支援は,「外部不経済」が存在する場合の政府の役割である。

 アメリカの「産業政策」として,CHIPS法において半導体関連投資などのために527億ドル(約7.1兆円)の政府支援を決定した。法案の総額は約5年で約2,800億ドルとなる(注3)。

 インフレ削減法に関して,第1に,クリーンエネルギーや電気自動車(EV)関連の税額控除を利用する。第2に,ヒートポンプやそのほかエネルギー効率の高い家電を購入する家計にリベートを提供する。第3に,EV購入に税額控除を提供する。

2.中国の産業政策とは

 中国の「産業政策」は,1988の産業政策司(部)の設置が1つの起点であった。習近平氏の新時代の中国の特色ある社会主義は,マルクス主義思想と中華民族文化の融合から構成される。イデオロギーとしてのマルクス主義の平等思想から成長のための中華民族による自主イノベーション能力の向上を目指す。自主イノベーション能力は,大企業のみではなく専精特新の「中小企業の育成」により実現を目指す(朽木(2023)参照(注4))。

3.米中日で実施される狭義の「産業政策」

 産業政策の成否は,ピッキング・ウィナー(重点産業)の選択にある。幼児期に補助をして育成し,青年期に純利益を生む産業を選択できるかに依存する。例えば,高関税で輸入を抑制し,代替製品を生産する国内産業を幼稚産業として保護し,その産業が青年期の純利益を生む。現時点では,第4次産業革命期にあり,コロナ禍の後でグリーン経済,デジタル経済がピッキング・ウィナーの対象として考えやすい。

 そして,中国もアメリカも,また日本も行き着いた先は,同じ「産業政策」である。民主主義国家であれ,社会主義国家であれ,同じ政策に至った。産業政策は,開発独裁という言葉でシンガポールのリーカンユ―首相を代表として輸入代替工業化政策の成功を讃えた時期もある。

4.「産業政策」成功の条件

 第1に,ガネシュ氏によれば,産業政策が成功するかどうかは,政策実行者に説明責任があり,「フィードバックループ」があるかに依存しているという。独裁的な政権になるとループが存在しなくなる可能性が高い(注5)。第2に,世界銀行の1993年の『東アジアの奇跡』によれば,「優秀な官僚」が存在しているかに依存する(注6)。当時では韓国や日本にはその条件があるが,その条件が整わない他の国では難しいという結論であった。

 このことから言える産業政策成功の条件は,第1にフィードバックループが存在することと優秀な官僚が存在することとなる。中国では,ループが存在しているかの可能性は低いが,14億人から選ばれた官僚に優秀な官僚が存在している可能性が高い。

5.「アニマルスピリッツ」で敗れる中国

 しかし,最終的に「産業政策」の成功を左右し,覇権争いを決するのは,民間企業の幼児期の成長の度合いであり,民間企業の活力である。政策と政治がアニマルスピリッツを阻害しないことが大前提となる。現状で,中国は,アニマルスピリッツを政治が阻害しており,アメリカに破れてしまっている。

[注]
  • (1)Remarks by President Biden on Bidenomics
  • (2)日本経済新聞2023年7月5日。ジリアン・テット「バイデノミクスは時流 米,古くて新しい産業政策に」。
  • (3)ジェトロ「ビジネス短信」:「米上院が半導体補助金法案を可決,下院も可決の見通し」(2023年8月10日アクセス)。
  • (4)朽木昭文(2023),世界経済評論インパクト,No. 3044
  • (5)日本経済新聞2023年7月7日。ジャナン・ガネシュ「独裁者,失敗が必然の理由。」
  • (6)世界銀行,『東アジアの奇跡』,1993年
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3093.html)

関連記事

朽木昭文

最新のコラム