世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3029
世界経済評論IMPACT No.3029

グローバル空間の拡大とジェンダー平等

小林規一

(国際社会経済研究所(IISE) 主幹研究員・立命館大学デザイン科学研究センター 上席研究員)

2023.07.17

 人・モノ・カネ情報のグロバリゼーションやデジタル化の進展は,グローバルサプライチェーンの構築といった企業経営面だけでなく,市場,社会を含むあらゆる側面での変化を世界規模でもたらしていることはご承知の通りである。市場面ではiPhone, Zara, Tesla等のグローバル製品に対するニーズが拡大しているし,社会面ではグローバルメディアやSNSの台頭により国境を越えた,いわば「グローバル空間」が形成され,異なる文化を持った人々が共通の規範,価値観を共有し始めている。例えば,SDGsや気候変動対応,ジェンダー平等,ダイバーシティ,人権尊重等は拡大しつつあるこのグローバル空間での共通規範と言えるだろう。

 こうした中で感じるのは,日本の伝統的な規範や価値観とグローバル空間のそれが乖離してきているのでないかということである。例えば,先の東京五輪組織委の森会長の女性蔑視発言問題による辞任の経緯を見ていると,日本のローカル空間とオリンピックというグローバル空間の規範や価値観が大きく異なっていることが底流にあると思う。

 私が昨年まで住んでいた欧州は,グローバル化,デジタル化が進む中で自らのポジションを優位にしようと戦略的に動いている。特に,欧州27カ国で構成されるEU(欧州委員会)は,気候変動,環境保護,個人データ保護,AI規制といったサステナビリティおよびテクノロジー領域で,国際ルールの事実上の標準(デファクトスタンダード)を握ることで,欧州の競争優位性を高めようとしている。EUの規範形成パワーは「ブリュッセル効果」とも呼ばれているが,これはグローバル空間の規範形成にも大きな影響力を与えつつある。身近な例では,EUが出した法令が,iPhoneのプライバシーに関する初期設定や,ツイッターが削除すべきスピーチを決める際の規範になっている。またEUのGDPR(一般データ保護規則)は域内のみならず域外の多くの国の個人データ保護の規範に大きな影響を与えている。

 ジェンダー平等については,EUは女性取締役登用法案を昨年末に可決している。この法案は,域内27カ国の上場企業に2026年6月迄に社外取締役で40%以上か,執行/非執行取締役の33%以上を少数派の性別にすることを義務づけている。目標未達の企業は理由と対策を報告する必要があり,罰則も設けられている(注:従業員250名以下の中小企業は除外される)。また,EU域内企業は女性比率の数字を当局に毎年報告すると同時に自社のWebサイトで情報を公表することを求められる。

 グローバル空間での規範形成パワーの強いEUによる女性取締役登用の数値目標の設定は,欧州以外の日本を含む国々の取締役会メンバーのグローバル標準にも影響を与える可能性がある。こうした中,世界最大級の政府系ファンドであるNBIM(ノルウェー政府年金基金)が女性取締役のいない日本企業の議案に反対票を投じる方針であることが報じられた。NBIMは世界で170兆円の資金を運用しているが,日本でも1500社以上の企業に計8兆円の株式投資している。同社によれば日本では300社が反対票の対象になる見込みだ。欧米各国がESGマネーを呼び込もうと女性登用基準の導入で先行するのに対し日本は出遅れており,今後世界の投資家からの選別が進むことが懸念される。OECDの調査によると主要企業での女性役員比率はフランスが40%以上,ドイツや米国が30%前後であるのに対して日本は10%程度に留まっている。

 世界経済フォーラム(WEF)がジェンダー平等について調査した「ジェンダー・ギャップ指数」によると日本は146カ国中125位でほぼ最下位であり,しかも前年より9位後退している。分野別にみると「政治」が138位,「経済」が127位でこれが日本の評価が低い主要因になっている。私は欧米の規範や価値観を無条件に真似すべきではないと考えているが,ジェンダー平等の実現については相応の理由や必要性がある思う。日本を含めた先進各国で少子高齢化による労働力不足が顕在化している中で,女性のより一層の活躍は社会の活力維持と経済競争力の強化に向けた喫緊の課題だからである。

 社会,経済のグローバル化が着実に進む中,グローバル空間で共有される規範や価値観に我々はもっと敏感であるべきだ。EUの女性取締役登用政策の背景には,取締役会を含む人材の多様性(ダイバーシティ)がイノベーション創出等を通じ,欧州企業の競争力や経済成長に貢献するという理念がある。「高品質のモノを安く大量に作る」というビジネスモデルから「高い価格でも顧客が欲しがる付加価値の高い製品やサービスを提供する」への転換というパラダイムシフトが多くの日本企業に求められている中で,女性の活躍についても,場当たり的な数合わせではなく,女性人材の戦略的な人材育成や起用に加え,伝統的な男社会の文化や慣習の見直しを含めたグランドデザインを描き社会全体をダイナミックに変革していくことが政府,企業に今強く求められていると考える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3029.html)

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