世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2975
世界経済評論IMPACT No.2975

安心できない日本の景気の先行き

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.05.29

 5月17日に発表された日本の1−3月期の実質GDPは,前期比年利換算+1.6%と3四半期ぶりのプラス成長となった。ただ,2020年10−12月期以降,実質GDPの回復ペースは平均で年率+0.9%と緩やかなものに留まっており,1−3月期の水準はコロナ禍前のピークであった2019年7−9月期をまだ1.5%下回っている。

 一方,名目GDPは1−3月期には前期比年率換算+7.1%と急成長し,コロナ禍前のピーク水準を初めて上回った。同期のGDPデフレーターが年率+5.2%と前期の+4.4%に続いて大幅に上昇したことが,名目GDPの加速をもたらしている。2020年後半から,エネルギー,原材料,食品などの国際商品市況の上昇と円安により,日本の輸入物価は大幅に上昇した。それに伴って国内物価も上昇したが,企業は輸入物価の上昇を国内物価に転嫁しきれず,日本で生み出される付加価値の価格動向を示すGDPデフレーターは,2022年7−9月期までは若干下落基調にあった。しかし,足元でこれまでの輸入物価の上昇の国内物価への転嫁が進んだことで,GDPデフレーターが大きく上昇している。日本経済はデフレ環境から脱したようだ。

 ただ,景気の先行きは,必ずしも安心できない。第一の懸念要因は,家計の所得である。家計の可処分所得や家計所得の中核である雇用者報酬は,物価上昇により実質ベースでは減少傾向にある。コロナ禍に対して財政支援策が打たれた時,家計は政府から受け取ったお金をすぐには消費支出に回さず,家計貯蓄率は急上昇した。しかし,徐々に消費支出が回復すると共に家計貯蓄率は低下し,概ねコロナ禍前の水準に戻った。これ以上の家計貯蓄率の低下余地は小さくなったと見られる。したがって。今後の消費支出の伸びは家計の所得の伸びに即したものとなり,家計の実質所得が増えなければ,民間最終消費支出は増えなくなるだろう。

 第二の懸念要因は,輸出だ。1−3月期には財・サービス輸出は実質ベースで前期比年率換算−15.6%,名目ベースでは同−24.7%と急減した。世界的な景気鈍化に加えて,今後,米欧で利上げが止まると,割安な円が上昇し,日本の輸出は更に減少するだろう。また,輸出と企業利益には強い正相関がある。1994年1−3月期から2022年10−12月期までの期間において,財・サービス輸出のGDP比と,法人企業統計による非金融企業経常利益のGDP比の相関係数は,0.914に上る。一方,同期間の民間最終消費支出のGDP比と非金融企業経常利益のGDP比の相関係数は,0.281と低い。非金融企業経常利益は,既に昨年7−9月期,10−12月期と連続して前期比で減少しており,輸出の減少がさらなる企業利益の減少をもたらす可能性が高い。利益が減少すると,企業は設備投資や雇用の増大,賃金の引上げに慎重になることで国内需要全般も鈍化しやすくなる。過去を見ても,輸出と企業利益が減少すると,景気後退になることが多い。

 政府や日銀は,デフレを脱すれば持続的な景気回復になると考えてきたようだが,どうもそうではなさそうだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2975.html)

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