世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2970
世界経済評論IMPACT No.2970

「世界経済評論」読者は生成AIに直ちに習熟する必要がある

鶴岡秀志

(元信州大学先鋭研究所 特任教授)

2023.05.29

 生成AIにまつわる話は連日TVで取り上げられ,他の主要メディアでも必須の記事と評論ネタになっている。筆者のIMPACT寄稿「ChatGPTがもたらすもの」(2003/4/24,No.2923)で説明したように,生成AIは基本的に数式に沿って情報を解析処理している。その数学的データ処理方法(アーキテクチャー)の違いにより,ChatGPTとGoogle BARDの出力にも違いが生じる。十分使い込んでいないのであくまで印象であるが,自然な文章出力が得られる点で文章の作成や構成はChatGPTの能力が高い。「WSJのオピニョン欄のように校正せよ」というPrompt(もちろん英語入力)に対応してくることに感心した。他方,質問に対する情報ソースの補足説明はGoogle BARDの方が丁寧で使い勝手が良い。英語の慣用句の成り立ちや使い方の説明はChatGPTより丁寧である。両方とも言語研究から出発して,それぞれのユーザーの入力情報(Prompt),言い回し,ユーザーによる出力の修正訂正を吸収学習することで日進「日歩」で使いやすくなっている。いち早くChatGPTを社内で使い始めたパナソニックが説明しているが,生成AIが使えるように既存データを構築することが今後の課題である。使われていく過程で,今後,囲碁AIの「二眼の生き」欠陥(人間だと定石として教わることを理解できない)のように生成AIもアーキテクチャー依存の根源的弱点が見つかるだろう。しかし,職業消失や人間の能力を凌駕することで敵になるといった「タメにする」識者の議論に時間を費やすよりも,今すぐに使いこなして活用することの方がはるかに有益である。

 WEBから拾い集めるビッグデータについては玉石混交であることを以前にこのIMPACTサイトで指摘した。一般社会では,真摯な態度で研究を行い,その成果を報告していると見なされている学術研究情報でも内容に疑問を抱かざるを得ないものが数多く存在している。有名なNatureは速報性が強くメディアの信頼度は抜群なのだが,筆者の属する分野(応用化学,ナノ材料)の研究者同士では「掲載論文の半分以上は再現できない」というのが半ば常識となっている。そのため,Nature他,主要な学術誌関係者から論文の質についての疑問が示されている。AIでビッグデータ処理といってもAIが実験操作を実施して検証するわけでもないのでコトの真贋は確率論的にしか判断できない。つまり,誤った情報が多数ならそちらに傾いてしまう。結局,Science & Engineeringの進歩は,ある程度AIに頼らない方法に戻っていくと予想されるので科学技術における実験検証が一層重要になり,実験に長けた研究者やエンジニアの養成も喫緊の課題であろう。

 American Chemical Societyなどの伝統ある化学合成系論文誌では必ず操作手順を雑誌ルール(概ねACSルールで通用している)に沿って記載することになっている。合成系以外の論文でも必ず実験方法を第三者が再現できるように記載しなくてはならないが,物理的にそんなことが可能なのかという方法や「既報を参照のこと」といった読者に検索させる記述が増加している。前者の原因の一つとして,デジタル化で使いやすくなった測定機器を盲信して測定の理屈を厳密に検討せずに測定してしまう所為である。電子顕微鏡の高性能多機能化と装備されているソフトウエアにより綺麗なグラフや画像処理済みの写真が容易に得られる。物理・化学の原理から考えて本来見えないはずの極小世界の物質構造が堂々とCG的に図示されていたりする。後者の「既報参照」は,筆者がReviewerとして接した論文投稿でも数本に一本,特に中国系の研究者が筆頭著者の論文では常套句のように記されていた。ところが,記載説明通りにReferenceを遡って探しても一向に実験方法が記載されていない,または「既報」とは条件の違う実験手法,試薬を使っていて,そのままでは当てはまらないものであった。こういう論文はRejectの評価をするが,Reviewはボランティアであり概ね忙しいので既往文献を丹念に調べる人はどちらかというと稀である。中には弟子たちに丸投げして投稿論文を読ませて評価コメントをEditorに返送している教授も少なからず存在する(それを自慢している偉い先生が結構いた)。世界的に見ても,昔の「教室制」研究室なら優秀な助教授がいて適切な評価を行ってくれたが,現在は優秀な若手研究者は独立した存在であるので下請けをさせることは基本的に不可である。そのため,Reviewの程度も下がってしまい,「既往文献参照」の相当数論文がAcceptされているのだろう。今後,生成AIの進歩によって論文内容と既往文献の比較検証が容易になることを願っている。

 三つ目の問題として,以前にも指摘したが,デジタル化されていない古い文献,特に廃刊になってしまった科学雑誌で報告されていた内容が新規研究成果として登場することである。論文だけではなく,筆者の周りでも「学生の頃に同期の奴がやっていたよなぁ」という研究内容でJST助勢獲得や学内奨励賞をもらっていた研究者がいて驚いたことがある。東京都内でも東大工学部の図書館が柏市に移って以来,早稲田大学理工学部図書館地下所蔵庫にしか保管されていない未デジタル化の雑誌や書籍が多数あり,過去の科学研究が歴史的遺物化している可能性が高い。昨年まで流行だった代替肉食品も,60〜70年代当時,もともと軍事用であった米国の最先端押出機を使って三陸地方の工業試験所と企業がオカラから「イカくん」を産業化していた記憶がある(詳細は忘れてしまった)。この製品は,「イカが使われていないじゃないか」と消費者団体が物議を醸した。豚や牛の代替ではないが現在の代替肉製造の類似技術である。また,オカラ重量割合が50%を超えていた「牛肉ハンバーグ」が消費者団体から突き上げを喰らっていた(小学生の頃ラジオで耳にタコができるほどCMを流していた製品であったので母親にねだった)。つまり,細胞培養以外の代替肉は,食生活が貧しかった戦後の我国でそれなりに開発されていたのである。最近の記者は「三丁目の夕日」の美しくノスタルジックな昭和30年代という刷り込みで考えてしまうので,このような技術の歴史を深掘りすることもないのだろう。

 中国の科学研究者について一言同情すると,彼の国では教授ポジションが研究者数に比べて少なく,かつ,論文数で評価されるシステムなので,ポストを獲得維持するために論文投稿数を増やさざるを得ない。欧米の科学研究関係者はこのような中国の状況に対して懸念を示しているが,我国でも文科省の指導で似たような状況なので中国のことをとやかく言える立場ではない。このような中国的な状況を打開するためには,21世紀初頭に文科省が実施しようとしたが一部教授らに強く反対されて没になった「論文博士」制度廃止をもう一度テーブルに乗せて,21世紀になって廃止された「教室制」を復活させるか,米国の教授採用の道筋である実力を学ばせるPh.D.コース実施とPost Doctor制度で企業経験を必須とすることであろう。

 上述から学術のビッグデータの信頼性がそれほど高くないことを理解していただけると思うが,生成AIが信頼できないと判断するのは早計である。むしろ,学術データよりはるかに膨大な情報量のマスコミのいい加減さの方が生成AIにとって頭痛の種になるだろう。つい先日もNHK NC9の放送で,新型コロナワクチンで親族を亡くされた方のインタビューを新型コロナウイルスで亡くされたことに改竄したことがバレた。また「ジャニーズ」問題で真剣に調査報道を行うTV局が皆無である。TVは基本的に「絵」をとってきて視聴者の興味を惹くことを目的としているので「演出」という改竄が行われていることが常識であるが,各局とも編集者の都合により「つまむ」ことが常態化している。試しにNHK TVとラジオのニュースを比べてみていただきたい。バラエティや食レポも含めたTV報道内容が放送局の都合によって編集された,あるいは台本通りに演出されたことが都度暴かれるが,WEB社会が発達したおかげで,内容確認,元情報の「裏ドリ」をそこそこ個人ができるのでTVの嘘が明らかになる。2000年代中頃のことだが,TVで紹介された近所の馴染みの店で食品購入したらTVの半分の大きさだったので文句を言ったら,「撮影用に普段作らないものを頼まれたのでご勘弁を」と言われた。また,もっと悪質な「報道しない」ことによる印象操作が多用されていることも発見できる。基本的に事実を曲げて垂れ流しているマスコミが生成AI出力の間違いを指摘,評論することは,鏡の中に映る自分の姿に攻撃を仕掛けるようなことである。

 現在のAI生成は得られた情報から判断することまではできない。しかし,近い将来,得られた情報を計量的に処理して重みのある方を「正」とするプロトコールが組み込まれる可能性はある。計量が基本である経済の分野が最初のAI判断対象になることも予見しつつ,そうなるまでに世界経済評論の読者は生成AIに慣れておく必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2970.html)

関連記事

鶴岡秀志

最新のコラム