世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2946
世界経済評論IMPACT No.2946

米国の財政民主主義とデフォルト危機

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2023.05.08

 国家の財政は国民の代表で構成される議会の議決によって決められる。この財政民主主義は日本でも米国でも憲法で規定されているが,米国では議会の権限が非常に大きいため,日本では起こり得ない「政府閉鎖」(government shutdown)や「デフォルト」(default,債務不履行)の危機が発生する。

米国特有の債務上限引き上げ問題

 本予算も,つなぎ予算も成立しないため,政府は国民に対するサービス活動を停止し,国防など必須部門以外では職員の一時帰休も起こる。トランプ政権下では「米墨国境の壁建設」を巡って政府と議会が対立し,政府閉鎖は2018年末から史上最長の35日間も続いた。一方,政府は予算が枯渇してデフォルトに陥れば,国内のみならず国外にも重大な影響が及ぶため,手段を尽くしてデフォルトを回避する。米国は建国以来一度もデフォルトになったことはないが,野党はデフォルト危機を武器にして,政策の実行を政府与党に迫る。この時使われるのが,米国特有の債務上限の引き上げである(注1)。

 米国の国家予算は,日本などのようにひとつのパッケージとして歳入と歳出が同時に決定されるわけではない。歳出も,歳入を規定する税制も国債の発行額も議会が決定する。歳出は政府の裁量的経費と,法律によって政府に支払いが義務付けられる義務的経費からなるが,政府は歳出予算を執行し続け,歳出総額が議会の定めた債務上限額を越えそうになると,政府は議会に対して債務上限(debt ceiling or debt limit)の引き上げ,または債務上限の停止(suspend,債務上限の一時的撤廃)を求める。

 議会が政府の求めに応じて直ちに債務上限の引き上げまたは停止を実行しない場合は,財務省は州・地方政府に対する国債の発行停止,公務員退職障害年金基金等に対する新規国債発行の停止などの特例措置を発動して資金を捻出して国債発行を続ける。しかし,特例措置によって調達する資金が枯渇し,議会が債務の上限を引き上げなければ,政府はデフォルトに陥る。これが債務上限を引き上げられずに起こるデフォルトである(注2)。

 このプロセスに従って,米国の現在の状況をみると次のとおりである。議会は2021年12月16日,国債発行限度額を31.381兆ドル(注3)に引き上げたが,今年2023年1月19日以降,国債発行額がこの上限に達すると見込まれ,財務省はデフォルトを回避するために上述の特例措置の一部を実行に移すとともに,議会に直ちに上限を引き上げるよう求めた(1月13日付のイエレン財務長官がマッカーシー下院議長等議会首脳4人(注4)に宛てた書簡)。

 しかし,マッカーシー下院議長(共和党)は財務長官の要請には応えず,議長のイニシアティブによって4月26日,1.5兆ドルの債務上限の引き上げと4.5兆ドルの福祉・エネルギー関係予算の削減をパッケージで実施する法案を可決し,上院に送った(法案番号HR2811,法案名 Limit, Save, Grow Act of 2023)。バイデン大統領は,トランプ共和党大統領が無条件で3回債務の上限を引き上げたにもかかわらず,下院議長が債務上限の引き上げに条件を付けたことを強く非難し,仮に同法案が上院を通過しても拒否権を発動すると明言している(注5)。

 マッカーシー下院議長は,法案を下院で成立させたことで下院議長の役割は終わったとしているが,問題は何も解決していない。下院法案が可決された4日後,イエレン財務長官は5月1日付で議会幹部に改めて書簡を送り,前回1月13日付書簡の見通しより早い6月1日にもデフォルトに陥る可能性を指摘し,「可能な限り迅速に」債務上限の引き上げを議会に強く要求した。

 デフォルトが目前に迫るという事態の急変で,バイデン大統領は5月9日(火)議会幹部4人と急遽協議する。バイデン大統領はどの程度譲歩して債務上限を実現できるか。その行方は出馬を表明した2024年大統領選挙にも無関係ではありえない。

 一方,ハキーム・ジェフリーズ下院民主党院内総務(下院民主党の序列第1位)は,特別規則(discharge petition)を援用し,委員会審議抜きで直接,下院本会議で債務上限の引き上げ法案を可決する方針を決めた。特別規則援用には下院の過半数218人の賛成が必要だが,その見込みはあるとみている(注6)。

 2011年の債務上限引き上げ危機の際,国務長官を務めたヒラリー・クリントンは,米国をデフォルトに陥れ,米国経済を危機に追い込むことは,「習近平とウラジミール・プーチンの術中にはまることだ」とマッカーシー下院議長を批判している(注7)。

[注]
  • (1)米国が現行の債務上限方式を採用したのはSecond Liberty Bond Act of 1917 を改定した1939年からである。
  • (2)2023年5月3日付ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事The Morningによると,債務上限制度を採用している国は,米国以外ではデンマークがある。デンマークの場合は債務の上限が余裕をもって引き上げられているため,米国のような混乱は起こらないという。
  • (3)31.381兆ドルは米国のGDPの約124%。日本の債務残高のGDP比は262.5%(2022年)。
  • (4)イエレン長官の書簡宛先はケビン・マッカーシー下院議長,ハキーム・ジェフリーズ下院民主党院内総務,チャールズ・シューマー上院民主党院内総務,ミッチ・マコーネル上院共和党院内総務。バイデン大統領も5月9日この4人と協議する。
  • (5)トランプ大統領のように共和党の大統領と議会民主党との間では,債務上限の引き上げを巡って大きな問題は起こっていない。しかし,民主党大統領と議会共和党の場合は大きな混乱が起こる。オバマ大統領の2011年および2018年には,共和党議会は債務の上限を短期,少額しか認めず,デフォルト危機が何回も続いた。オバマケア予算も譲歩が迫られ,ドル建て債券の格付けも引き下げられた。バイデン大統領は,こうした経験を踏まえ,共和党に譲歩すればさらに譲歩を迫られるとして,今回の交渉では強硬姿勢を貫いている。なお,債務上限の引き上げは,1960年以降では,共和党大統領の下では49回,民主党大統領の下では29回行われた。また,2011年の混乱については,滝井光夫「米国の財政問題:混迷を極める財政再建交渉」(国際貿易投資研究所『季刊・国際貿易と投資』2014年春号参照)。
  • (6)ジェフリーズ民主党院内総務は,共和党の保守強硬派4人がマッカーシー法案に反対したことを重視し,この4人などが特別規則の成立に賛成するとみているようだ。
  • (7)2023年4月24日付 NYT,“Hillary Clinton: Republicans are playing into the hands of Putin and Xi”.この投稿で当時国務長官として外国要人との面談で,米国のデフォルト危機に対する相手国の懸念を払拭するのに苦労したと書いている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2946.html)

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