世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2934
世界経済評論IMPACT No.2934

中東欧4ヵ国からの急速な人口流出

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2023.05.01

 ポスト社会主義の中東欧8ヵ国(ポーランド,ハンガリー,チェコ,スロヴァキア,スロヴェニア,エストニア,ラトヴィア,リトアニア)が2004年に,バルカンのルーマニアとブルガリアが2007年に,クロアチアが2013年にそれぞれEUに加盟。中東欧のEU加盟は合計11ヵ国となった。新規EU加盟国の人々はEUの単一の労働市場で働くことができるようになったので,EU先進国で働く労働者が増えたのは当然である。中欧諸国(ポーランド,ハンガリー,チェコ,スロヴァキア)とスロヴェニアでは対外移住をする人が多いが,同時に対内移住者も多く,人口は安定している。バルト三国の一つ,エストニアはフィンランドやスウェーデンの経済圏に組み込まれており,IT立国で成功しているので。それほど深刻ではない。エストニアからの対外移住はかなりあるが,近年は対内移住も多く,人口減少は小幅にとどまっている。

 しかし,ラトヴィアとリトアニアでは深刻である。1991年から2020年にかけてエストニア人口は1.5%減少したのに対して,ラトヴィアとリトアニアの人口はそれぞれ28.4%と24.4%も減少した。バルカンのルーマニア,ブルガリアでも過度に急速なペースで人口流出が進み,過疎化が進んでいる。同じ期間の人口はそれぞれ16.9%,19.7%も減少した。域内の労働移動に関する欧州委員会の2021年の年次報告は,移動率が2009年以来あったものが持続すると想定して計算すると,ルーマニアは2060年までにその人口の30%を失うだろうと述べている。

 EUは結束基金,構造基金やその他さまざまな基金から新規加盟国に経済的支援を行ってきた。その際,対象となるのは国ではなく,地域である。EUではNUTS(Nomenclature of territorial units for statisticsの略)という地域単位が用いられている。EUの結束政策の対象となるのはNUTS2であり,それは人口80万人ないし300万人の地域が該当する。人口が300万に満たない小国であれば,それ自体NUTS2に該当する。

 構造基金や結束基金からの配分される資金の額はEUのGDP比で見ると1%強で,それほど大きくはないが,これらの貧しい小国にとっては相当な額になる。たとえば,リトアニアの場合,国家投資プログラムに占めるEUの支援の割合は2012年には70%であった。また,EUの支援の結果,2004−2013年における平均実質GDP成長率は,支援がなかった場合よりも1.6%も高かったという。このように,これらの加盟国,とりわけ遅れた国々は比較的急速な経済発展を遂げ,EU平均に収斂してきた。にもかかわらず,バルト三国,とくにラトヴィアとリトアニア,そしてバルカンの2つの加盟国,ルーマニアとブルガリアでは急速な対外移住が続いているが,それはなぜなのだろうか。

 ヨーロッパの「従属学派」のラウフートは,1990年代末2000年代半ばにかけての時期に,EU都市政策とEU結束政策は何らかの共通性を持っていたと言う。彼は,EUでは比較的大きな都市が経済成長の主要な推進力とされ,大都市圏(metropolitan area)に焦点が当てられ,その結果,格差が縮小よりもむしろ拡大するメカニズムが作用したと見る。彼は,結束政策の都市重視は「都市で生み出された経済成長がまわりの地域に滴り落ちるという仮定に基づいている。しかし,いくつかの場合,周縁化と衰退は不可避であり」,「最も豊かな地域が豊かではない地域よりも多く結束政策とその資金から利益を得ていた」と言う。

 同様の指摘はESPON(「欧州空間的計画観測ネットワーク」)報告書によってもなされている。この報告書は,「収斂プロセスは突然逆転した」という認識を示す。転機は2008−09年のグローバル金融危機そしてギリシャ危機とユーロ圏の危機であった。いっそう競争が重視されるようになった。報告書によると,新規加盟国では首都圏が勝者であり,農村や国境地域は敗者であった。危機克服のため,多くの国が緊縮策をとることを余儀なくされた。以前にもまして競争力が重視され,実質賃金の引き下げにより,競争力強化をはかる動きが見られたが,これは労働者や地方の住民を犠牲にするものであった。

 国全体で見ると,EUの地域政策のおかげで経済は発展し,EU平均への収斂が進んだように見える。それは国全体で見た場合のことである。しかし,国内での地域間格差が拡大した。どうやら,地域政策もNUTS3(15万~80万人)レベルでは問題が残っているようだ。

 概して,外国直接投資は各国の首都圏に集中する傾向がある。EUからの支援にもかかわらず,国の内部の格差が拡大している。ルーマニアの研究者によると,2019年には,購買力平価で見た1人当たりGDPは,首都圏であるブカレスト−イルフォフ地域ではEU平均の160%であった。それ以外の地域はいずれもEU平均の60%を下回っており,最も貧しいのは北東部(44%)であった。別格である首都圏を除くと,それ以外の地域は購買力平価で見た1人当たりGDPの国平均に対して,格差を改善した地域もあれば,格差を拡大した地域もある。さらに,地域相互間の格差とは対照的に,地域の下の単位である郡のレベルで見ると,郡相互間の格差はもっと顕著だという。

 新規EU加盟国,とりわけ最も貧しいラトヴィア,リトアニア,ルーマニア,ブルガリアの4ヵ国の中の遅れた地域では雇用が十分生み出されてない。これらの国々では労働者の先進国への急速な流出が続いている。とくに深刻なのは医師,看護師,IT技術者などのような高度技能労働者の流出であり,それは本国の経済発展と社会的安定に否定的な影響を及ぼしている。自国の発展を担うべき高資格労働者の流出は大きな痛手であろう。ドイツなど進んだ加盟国が貧しい加盟国の高資格労働者を吸収しながら発展を続け,他方,貧しい加盟国では過疎化が進行している。文化の継承,国土の保全,自然環境の保護などを総合的に考慮すると,高資格労働者を含む国民の持続的な流出は当該の国だけでなく,EU全体にとっても長期的にはマイナスではないだろうか。欧州統合の意義が改めて問われている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2934.html)

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